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取り残された感が・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 6月25日(土)07時30分47秒
返信・引用 編集済
   昨日は、身内の者の住む鳥取県倉吉市へ行ってきた。バス利用でちょうど4時間かかる。

 朝、8時半に家を出て帰宅したときは午後8時半だった。その間、12時間だが。バスに乗っている時間はなんと往復8時間になる。特急列車だと3時間で行けるが、大阪駅まで1時間ほどかけて出なければならず、運賃も1.5倍ほどかかる。

 往復ともにバスの乗客は10人ほどだった。金沢は東京からの日帰り観光地になったが、東京~金沢はおよそ300kmを新幹線だと3時間で行ける。過疎県が息を吹き返す手立ては「観光」だと思うが、鉄道や道路網の貧弱さは・・・とても「観光立県」の看板にもならない。
 10年近く住んいる者は「何もないとこだから、何かできないかと思っている」と言っていた。

 鳥取県の街の様子で驚くのは、いつ出向いても景観が余り変わっていないことにある。
景観を一変するような目新しい施設や道路ができたとか、そうしたものは「全くない」とちょっと自嘲気味に言うものも多いらしい。最も遅れて「スタバ」ができた際は「全国的な話題」になった。

 昨日は、「20数年ぶりになる鳥取砂丘」に案内してくれた。真夏のように暑く、そして強風で砂が舞い上がる光景に驚いた。20分ほどで、早々に退散した。近くの漁港で食事をして倉吉に戻り、身内の者の経営するカフェでしばらく談笑しているうちに、もう帰りのバスの出る時間になった。たった4時間の鳥取滞在だった。

写真 鳥取砂丘
   そして、近くの漁港の食堂で食べた「イワシフライ」880円。そのフライの大きさと
   美味に驚いた。魚好きを喜ばせるメニューの豊富さは、砂丘と大山のイメージの強い
   鳥取の奥深さも感じた・・・。

 

http://だ 

 

散歩をすれば・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 6月24日(金)06時44分18秒
返信・引用 編集済
   「とにかく歩きましょう効能ははかり知れませんよ・・・」とはかかりつけ医の毎回の診察時のススメだが、確かに散歩はいろんな景色に出会える。

 それに、夏の季節はあまり人に出会わないので、カメラを向けていても「うさんくさく」思われることもない。まだわずかに残る田んぼに植えられた「稲苗や」や妙に部分的に色づいた「不思議なかえで」など、汗をふきふき歩いていても気持ちも落ち着く。そして、帰宅したときは「一日のノルマを果たした」ような気になる。

 LINEでやり取りする友人も「まったく同じ気分を味わっている・・・・」とか、それにしても「これからの季節」は出かけるには、勇気を鼓舞しなければならない暑さになる。、

http://だ 

 

有難いことに・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 6月23日(木)06時46分52秒
返信・引用 編集済
   コロナ禍の真夏をしのぐ食事は難しい。ともすれば、そばやソーメンに頼ってしまう。そして、それも今年は3年目の夏を迎える。

 以前、メールで家庭科の元同僚の女性に「かんたん手間いらず、さらに暑い夏向きのレシピ」をお願いして、送ってもらった「手書き」のいくつかのレシピを、今も重宝している。

今年ももう暑くなってきたが、何とか乗り切りたい。

http://だ 

 

興味本位で・・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 6月22日(水)06時49分46秒
返信・引用 編集済
   昭和50年代だから、4~50年も前だが、職場の同僚たちと合掌造りで有名な「白川郷」を訪ねたことがあった。当時、若い人向けの「るるぶ」「アンアン」などがおおもての頃で、そんな雑誌に、山奥の古民家や馬籠や妻籠のかつての街道を紹介する企画が「大はやり」だった。

 白川郷へ行くにも名神を岐阜付近で降りて、ひたすら狭い県道を北上する大変なドライブだった。当時は白川郷も、もう観光地化していて村の通りを歩いていても、住んでいる方の観光客を見る「視線」は、迷惑そうにも見えなかった。

 わたしの生まれた町は、生家のある通りも「呉服屋」「本屋」「履物屋」「饅頭屋」「八百屋」「魚を取るかごを作るかご屋」それに「花屋」「提灯屋」などが軒を連ねていた。

 昭和20年代の小学生の頃、そうしたところへカメラを持った人たちがグループであるいは一人で、やってきては(断りもなく)家並や人の往来の「写真」を取っていた。住んでいる者は「・・・気持ち悪い」と、言い合っていたのを憶えている。

 PCでYOU TUBEを見ると、「廃村を訪ねて」とか、「限界集落を訪ねる」投稿も多い。中には「廃屋マニアは出て行け」とか「コロナ禍です入村は遠慮してください」と、張り紙をしているところもある。「迷惑がっている人たちがいる証でもある」。

 村おこしや秘境紹介に取り組んでいるところもあるにはあるが、こどもの頃を思い出して、県道や村道をただ走り抜けるのと違い、村の隅々まで「バイクや4駆でづかづかと興味本位で入り込む」のは、いかがなものかと思う。廃村になった理由とか、限界集落の抱える問題点などへも踏み込んでもらわないと、「住民以外立ち入り禁止」の立て札が必要になりはしないか・・・。

http://だ 

 

百均のそば猪口でも・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 6月21日(火)07時20分47秒
返信・引用 編集済
   「ざるそばを食べる」と言えば「そば猪口(ちょこともちょくとも云われているが・・・・)」を連想するが、それらしい「湯飲み」で食べていると云う友人がいて、驚いた。どんな「器」で食べても良いが、そば猪口は「なるほどと思うほど、ぴったりはまるざるそば用の器」に思う。
 陶器類を売る店でも、そんな高くない値段で売っているし、百均でも多く並んでいる。ただ、そば猪口は他の料理の盛り付けには「使い勝手」はあまり良くないのかも知れない。

 日本ほど料理に合わせて盛る「器」がたくさんある国はないのでは、と思う。そば猪口は磁器で有名な伊万里焼のものが多く、江戸時代に多く伊万里から「船」で江戸へ運ばれたらしい。最近のは、磁器も陶器も木製漆器もそしてガラス製の「そば猪口」もある。

 こちらにも、百均のもの、人からいただいたもの、それに旅先で思いきって買ったものなどがあるが、それぞれに思い入れもあり「大切」にしている。

 ざるそばは、食べるのにそれほど時間もかからず、胃の腑に流し込むように食べるので食べた後に、ほんの少しの時間「そば猪口」を眺めるのも悪くない。

http://だ 

 

もう6月も半ばを過ぎて・・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 6月19日(日)06時20分55秒
返信・引用 編集済
   そば打ちしていて、いよいよ汗ばむ季節になってきた。以前は、決めた曜日に「そば打ちをする・・・」ことにしていた。一つには、いつでも好きな時に「ざるそば」を食べたい気持ちと、二つ目には「失敗のない」そば打ちをしたい思いからだった。
かなわないまでも、「好きこそものの上手なれ」を地で行きたいと・・・。

 ただ、多く打つと、「冷凍そば」を食べる方が多くなり、本来のそばの味を損ねたそばを食べることになってしまう。何年もそばを打っていて、今頃気付いたわけでもないが、やはり「打ち立てを食べたい」との気持ちが募り、最近の多くは友人たちがやってきてくれる「タイミングに合わせて」そば打ちをするようになってきた。

 幾人もの人に「打ったそば」を食べてもらったが、「そば好き」は多くいても「そば通」には、まだ出会えていない気がする。今週末には所用で鳥取へ出かけるが、初めて鳥取の「手打ちそば」を食べるつもりでいる。

写真 6/18

http://だ 

 

いなかにはいなかの義務が・・・・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 6月18日(土)09時07分56秒
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   限界集落とは住民の50%が65歳以上とのこと。
かつての同僚も風光明媚には違いないが、そんなところに憧れて京都から「移り住んだ」のがいる。一度、招待してくれたことがあった。滋賀県北部の集落で、確かに県道は通じていて、琵琶湖側に出てくるには1時間余りで出られる。ただ、そこへ行くのに、県道とは言え、一車線しかない車道で車のすれ違いは全くできず、車寄せができるところまでバックするしかなかったのを憶えている。

 ただ、集落には十数軒の家があったが1/3は、住んでいないらしかった。安曇川へ流れる水のきれいな支流沿いに家々があり、のどかで、鳥の鳴き声しか聞こえず、都会人が憧れる「自然」に思えた。

 ところが、友人が音(ね)を上げたのは、しきたりの多さだったとか・・・。川の清掃、お葬儀の手伝い、宮司などはいない神社の維持管理、狭い県道の草刈り、回覧版と高齢者への声掛け当番、それに加えて週に1,2度の琵琶湖岸にあるスーパーへの日用品の買い出し、等々・・・。友人は、5年で音を上げてしまったらしい。そして、今は春・秋の季節の良い時にだけ行って、1ヶ月ほど滞在しているとか。

 ところが、大阪府内にも似たところもあるらしい。大阪府と京都府の境にあって、そこに住む友人を訪ねる別の友人は「都会に近いニュータウンながら、山の中にあって周りとの隔絶感を感じ、限界集落に近いのでは・・・・」といつも言う。都会のど真ん中に住んでいても、「孤立感に苛まれている人もあるに違いない・・・・」。

 

http://だ 

 

手打ちそばを楽しむ・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 6月17日(金)06時13分39秒
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   念願のそばを打ってみたいとの思いが叶ったのは、製図版のような打ち板や、菜切り包丁のようなそば包丁、うどん作りに使えそうな小間板、尺一ほどの鉢、ホームセンターで売っていた麺棒にもなる丸棒などを買いそろえた頃だった。そのときの「嬉しさ」は今も忘れられない。ろくに滑りもできないのに「スキー道具一式」を買ったときの嬉しさに似ていた。

 「そば打ちの本」を買って、見よう見まねで打ち始めたが、とても「食べられるようなそば」ではなかった。そして、通い始めたのが天下茶屋にあった「信濃屋製粉のそば打ち教室」で、それももう20年近く前の2003年だった。それから、いくつかの教室に通ったが、千里の教室での5年間が最も長かった。

 振り返ってみると、そばを食べる楽しみは今も変わらない。誘われて、遠くへ出かけても「蕎麦屋を探して」いて、今も友人たちを呆れさせている。自ら打ったそばを食べる際は「加水は失敗に近いな・・・」とか 「のしの厚さにばらつきがあるな・・・」とか、まれに「うまく打てたな・・・」とかを、「ざるそば」にして直に感じながら食べている。

 まわりの友人に「そば好き」もいるが・・・・本当にそばが好き?と思ってしまうときもある。また、今までも幾人もの方がそば打ちに通ってこられたが、「そばが好きなのか?」「そば打ちが好きなのか?」と、首をかしげてしまうことも多々あった。とにかく、「そば打ちの楽しさを知ってほしい」との思いは今も強いが・・・体力の衰えのせいか少し気持ちも萎えてきた気がする。



http://だ 

 

持てるすべてを・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 6月16日(木)07時52分20秒
返信・引用 編集済
   昨日は女性そば打ち会、多少の汗はかくものの、汗だくになるほどのものでもなかった。
 夏そばは、この時期に種まきをする頃で、その昔は収穫までひたすら待ったものらしい。新そばを待ち、そしてその美味を楽しむのは「そば好き」の何よりの喜びだったとか。

 女性そば打ち会も長く続いて、おかげでこちらのそば打ち経験も長くなった。その間に得た「わたしのつたないながらのそば打ち技術のすべて・・・」を皆さんにお伝え出来たと自負している。女性の皆さんは「いつ、どこで」打っても、ミスのないそばに仕上がると思う。
 

http://だ 

 

高齢になると・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 6月15日(水)07時23分6秒
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   スーパーなどに入ると、支払いにスマホを使っているのを見かける。こうしたものに「なかなか慣れそうにはない・・・」。それでも、スマホのLINEがようやく使い慣れて、いくつかのグループの仲間に入れてもらい、便利さに驚いている。

 ところが、親しい同年齢の友人もスマホを買って2年にもなり、スマホの電話には出るが(LINEの仲間になっていても)、LINEの返信がまったくない。他の友人の中には「あいつはLINEの使い方がわからないのでは?」と、いぶかるのもいた。よくよく聞いてみたら、スマホは苦手で「近くに住む娘に返信を頼んでいた・・・」と、言いにくそうに言っていた。

 男性に多いが、高齢になると「ちょっとしたプライド」が災いしやすい。その友人も幾人か集まった会などで「LINEなどは分からない・・・・」と、言えなかったらしい。災いを「損得」に置き換えると、「損」をしてしまうことも多い。

 「プライド」も大切だろうが、ただの「高齢者」なら「モラル」を忘れなければ「プライド」は忘れて「好々爺」であった方が生きやすい。







 

http://だ 

 

そばの文化・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 6月14日(火)08時19分8秒
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   生まれ故郷の町は琵琶湖の最も狭いところに位置し、対岸まで1400mしかない。(子どもの頃から、対岸へ橋の架かる「噂」に心躍るものがあった。それが、昭和39年に実現したときの騒ぎは今も覚えている・・・)。また、比叡山に連なる山を越えると、京都大原へも行ける。ことばも「京都風にいなかなまり」のところもあって、習慣も京都風のものが多い。浄土真宗の家も多く、冠婚葬祭は五軒組が取り仕切り、愛宕講などは21軒が一組で愛宕詣りが行われていた。
つまり、文化とはこうしたのを言うのだと思う。

 ところで、大阪でも「十割そば」を食べられるところがある。高級蕎麦屋は別だろうが、庶民派の庶民のための店の「そば」は、「十割そば」なのかよくわからない。舞台で打っているわけでもなく、木鉢でこねているのかもわからない。多分、「十割そば」なのだろうが、プロが云う「バラ掛け」なのではないだろうか・・・。パスタのようにそばを作るのだから、そばの味を引き出せないのではないか・・・。

 文化は、何に寄らずなかなか定着しない。マスコミのおかげで食文化は広くく知られるようになってはきたが、東西の違いが今も色濃く残る。

http://だ 

 

ファンタジーロード・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 6月11日(土)15時52分23秒
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   ラクウショウの並木は、播磨中央公園のなかでも秋には、道の両側のラクウショウすべてが紅葉し見ごたえがあって、大人気らしい。

 紅葉する松は「からまつ(落葉松)」が知られているが、公園内にも「紅葉するラクウショウ並木」があり、そこはファンタジーロードと名付けれていた。

 初夏のラクウショウの新緑並木道をくぐるように歩いたが、秋のそれらのすべてが紅葉する並木道を歩いてみたいものだ。

http://だ 

 

播磨中央公園へ・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 6月10日(金)07時26分38秒
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   昨日は、友人に誘われ兵庫県立播磨中央公園のバラ園に出向いた。中国道「滝社IC」からすぐのところにある「森の中の広大な敷地」の中に、みごとなバラ園はあった。前日、歯科医の先生から「バラは見るには少し遅いのでは・・・」と言っておられたが、まさにその通りだった。無料で入場できるが、来ている人もほとんどなかったが、それでも「真っ赤な名残りのバラの花々」を楽しめた。

http://だ 

 

手打ちそば下女前だれを借りられる

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 6月 9日(木)07時12分4秒
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   江戸時代の川柳だが、解説を読むと「侍が下働きの女性から、前だれを借りてそばを打つ」光景を詠んだものらしい。侍の手打ちと言えば、無礼を働いたものを刀で切り捨てるのを想像してしまうが、それを「そばを打つ」に置きかえた、あざやかな川柳のように思う。

 今も、東京の老舗の蕎麦屋は機械打ちが多く、ただ「木鉢のところ」は職人が行い、のし、切りを機械で行うと、「味」も手打ちと変わりないものができるらしい。パスタのようにすべてを機械に任せた(蕎麦屋の言う、バラ掛け蕎麦)は確かに「味は落ちる」のを感じる。

 先日、十割蕎麦屋で食べたそばは機械打ち「味」だった。やはり十割でも二八でも「木鉢でのねり」は、そばの味を左右する決め手のようだ。

http://だ 

 

宝塚市交響楽団コンサート・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 6月 6日(月)06時27分49秒
返信・引用 編集済
   昨日は西宮にある芸文センターでのコンサートに行ってきた。宝塚市交響楽団のレベルの高さにいつも驚く。楽団員は音大卒だがアマチュアが大半だそうで、昨日も80人ほどの楽団員の「研鑽」の成果が十分、あらわれていた。

 毎週の土曜日の練習場所が、阪急清荒神駅前の「ベガホール」とかで、恵まれている。ただ、定期演奏会にしては「聴きなれない曲」に、ちょと閉口してしまう。それでも、観客は多かった。「我らの交響楽団」といった思いのファンが多いのかもしれない。

上 ホールの建物

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おなかがすいていれば・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 6月 4日(土)07時06分58秒
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   私事ながら、子どもは小学校3,4,5年生の3年間、ボーイスカウトに入っていた。ボーイスカウト行事で出かける際の持ってくる昼食は「おにぎり」に決められていた。3年間、付き添い役に任命されて、いろいろな行事に参加したが、子どもたちの持ってくるおにぎりは母親?が工夫を凝らした思われるものだった。

 そして、昼食時には付き添う大人もおにぎりを「むさぼるようにたべた」ものだった。

 「お腹を減らしてから食べるのが、なんでも、いちばんおいしい」と、今日の朝刊の「折々のことば」に、載っていた。そういえば、社協の行事でも準備していただいている昼食は「2コのコンビニおにぎりとお茶」に決めているようで、昼食時にそれを皆で「ほおばるとき、本当に美味しい~!」と。いつも思う。

 記事には「ご馳走ばかりつづくと、味わいからときめきが失せてくる・・・」と続いているが、「ご馳走ばかり」を「お腹が空いていない」とに、置き換えるとピッタリくる。

 昨日も、法円坂での会議が昼過ぎに終わり、せっかくここまで来たのだからと大阪城公園を散歩して公園駅からJRに乗り、家にたどり着いたのは午後2時半過ぎだった。昼食はなんでも「美味しい・・・」と思えた。


http://だ 

 

国産そば粉は・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 6月 3日(金)07時21分36秒
返信・引用 編集済
   国産そば粉と外国産そば粉の「味の比較」をしたのが、廃業してしまったS屋製粉のHPの載っていたこと思い出した。香り、食味、のど越しなどのあらゆる点で、国産が勝っていた。我々が打っているそば粉も、今までのような価格では手に入らないかもしれない。

 初夏を迎え、いよいよ「ざるそば」の季節になってきた。「ざるそば」は、そば粉の味が最もわかりやすいが、これからは外国産そば粉の「ざるそば」にならされそうだ。

 

http://だ 

 

愉しませる手立ては・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 6月 1日(水)07時56分58秒
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   先日、古くからの友人が「家庭菜園」で獲れた野菜をレシピ付きで送ってきてくれた。昨年、その「菜園」を訪れたが、2~3坪ほどのところに、好きな花々や季節の野菜が「ぎっしりとつめ詰めに」植えられていた。季節ごとに獲れる野菜は限られていると思うと、先日送ってくれたのは一人暮らしの彼女が食べる量ではなかったかと思った。

 わたしの住む地区にも空き地を家庭菜園として開放しているところが何か所もあったが、この十年ほどでマンションや戸建て住宅になったりで、極端に少なくなった。

 家庭菜園に精を出す方は、「こんなものが獲れましたと、嬉しさを伝えたい気持ちになります」と、言っていた人もいたが、手間をかけてそだてた野菜・・・手をかけて調理し食べさせていただくつもりでいる。



 

http://だ 

 

いつまでコロナが・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 5月31日(火)10時12分34秒
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   昨日は所用で小学校を訪れた。3年ほど前、創立70年を迎えた学校は校舎の老朽化が著しく、60周年を迎えた際に「建て替えも近いです・・・」との話もあった。そのうちに全校舎に「冷房装置が設置され」、これでは建て替えが遠のくのでは、とうわさをしたものだった。今では建て替えのうわさ話もない。

 1100人近い児童を抱えていれば、教職員数もかなりの数で、職員室の建付けの悪い戸を開けると、部屋の端の端まで教員の机が並んでいる。

 まだお若い女性の教頭先生が3年前、赴任してこられた。マンモス校の苦労があると見え、ここ、7,8年の間に校長先生や教頭先生が次々とご病気になられ交替された。

 この度の教頭先生に久しぶりにお会いして、「いもほり委員会にはいつもお世話になっています・・・」とマスク越しながらあいさつされ、お元気お勤めになっているようで、嬉しい気持ちになった。

 とにかく、外部からの訪問は制限されているようで、書類をお渡してそそくさと学校を後にした。

写真 学校近くで・・・

http://だ 

 

主食は?

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 5月30日(月)07時23分44秒
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   日本で主食と言えば、もちろんコメだがパン食も1/4ほどあるらしい。家計の支出も、コメに対してパンへの支出はもう逆転した、と統計にも出ている。理由は、小学校の「給食はパン」それが「成人してもパン人気・・・」になった大きな理由らしい。「朝食に麺類」はごく少数派のようだ。それに朝食はパンの方が、手軽で準備も片付けも「手間がかからない」。

 ところで2019年の統計では、ソバの国別生産量は①ロシア78万トン②中国43万トン③ウクライナ8.5万トン④米国8.4万トン・・・・⑥日本は約4.3万トンほど、日本のそばの消費量は13万トンくらいだから7割も輸入している。

 あれやこれやと思いつつ、年中食べている自前の「ざるそば」の最も楽しめる季節になってきた。ただ、のど越しは良いものの「味」が少し気になる使っているそば粉だが、それでも昨日などは「きりりと冷やしたざるそば」は美味しいと、悦に入っている。

 

http://だ 

 

夢のごと・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 5月26日(木)06時44分43秒
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   昨日は半年に一度の国循での検査日だった。国循が引っ越しをして、少し不便になったが、それでも1時間ほどで行ける。都会地では、どこへ出かけるにも「交通網の発達」で、短時間で行ける。
 父母の住んでいたそしてわたしの生地は、大津市ながら大きな病院などは無く、検査入院ともなれば県庁所在地の大津市内の赤十字病院か滋賀医大まで行かねばならず、父・母が入院すると大変だった。

 国循からの帰りは、いつも地下鉄桃山台から住宅地には珍しく「こんもりとした森」のなかを通ることにしているが、散歩している人もなく静寂のなかを歩くと気分も爽快になる。
 昨日は、ふと見上げると「入道雲」が見えた。夏の兆しにはるか昔の「あのワクワク感を思い出した」「今年の夏山はどこへ・・・」「北ア、東北、はたまた北海道?」と夢は広がった頃を・・・。

 森を抜けると車のひっきりなしに通る「内環状線道路」に出る、そして現実に引き戻される。

 

http://だ 

 

そば道・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 5月24日(火)07時28分46秒
返信・引用
   全麺協は、全国麺類文化地域間推進協議会の長い大仰な名称を略称したものだが、気にいっている。意図するところはそば打ちは、難しさ、楽しがないまぜにになり、打つたびに一喜一憂するところがあり、加えて地方によっては思いもよらない「打ち方」や「食べ方」もある。そうしたそれぞれの地域のそば文化を認め合い、互いに交流してそば打ちを楽しもうとの思いが、長い名前になったと思われる。
 そして、打っているそば打ちがどの程度の技量なのかを見てもらう機会が「素人そば打ち段位認定制度」で、これも他人のそば打ちを見る機会になり、良い制度だと思う。

 ところが、2019年度からこの「素人そば打ち段位認定制度」の名称が、素人そば打ちを外して「そば道段位認定制度」に名称変更になった。確かに、段位認定を受けるたびに「そば打ちはそば道ですから、礼に始まり礼で終わる」との審査委員長の挨拶はあるが、素人のそば打ちが剣道や柔道などと同じ「道」だとするのはいかがなものかと思う。

 そば打ちを始める動機は「そばが好き」から始まり、のめり込むのが多い。好きでなければ長続きしない。これは何にでも通じる。名称変更は、そば打ちがまるで修行の対象になったような気分になる。平成5年に「初段位」を受けた際には、「定年後にこんなに緊張して、それでいて楽しい制度」があることに驚いた。段位を認定されたからと言って、プロになる人はあまりいない。「そば打ちは楽しい・・・」と思えたらそれで良いのでは、と思う。「全麺協」はそのお手伝いをして貰える団体であったら、と思う。

http://だ 

 

抹茶碗・・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 5月22日(日)07時01分29秒
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   昨日の会議では社協行事の「ふれあいサロン」も、わたしの地区ではあっさりと延期を決めたが、他地区では様々な工夫をして開かれているらしい。何もしなければ、コロナ感染のリスクは皆無だろうがそれでは地域のつながりが薄くなる。

 昨日も「ふれあいサロンの再開テストケース」として「お茶とお菓子を用意して」実施した。事前に「声かけをして」参加者を募ったところ応募者は17人、会場に来られたのは10人だった。個人的にはそれでも「再開しては・・・」との思いだったが、高齢者ばかりのボランテイアでは再開へ踏み切れなかったようだ。

 ところで、振り返ってみて今年の花見はコロナ禍ながら、篠山、夙川、大川、宇治などへも出かけた。そして、どこでも「満開の桜」を満喫できた。特に、良かったのは花見ついでに立ち寄った藤田美術館で、2回目の「窯変天目茶碗」に出会えたことだった。見学順番の制限を受けたが、多少の煩わしいことを越えても「見たい・・・」衝動があった。新装した藤田美術館は堺の「利晶の杜美術館・与謝野晶子記念館」にも似て、大阪にはしてはちょっとモダンなつくりになっていた。

 自宅にも、ほんのわずかだが「買ったものや」「もらったもの」などの抹茶茶碗があったが、阪神淡路大震災でほとんどが割れた。

写真 壮大な宇宙あるいは銀河系にも見えないだろうか・・・
 

http://だ

 

Rhtythm of the Rain・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 5月21日(土)20時51分36秒
返信・引用 編集済
   先週土曜日に「いも苗」を植えたが、この1週間は雨が降らなかった。そして来週も「望み薄」のようだ。植えたての苗には適当な雨と日照は欠かせないが、根付きも良くないに違いない。

そして、今日は「ふれあいサロン」再開への会議も開かれたが、再開はおろか9月まで延期することとなった。社会福祉協議会のすべての行事は、未だに再開へもこぎつけられない。

 会議を終えて、気分もすっきりしないまま足早に帰宅して、You Tubeを開いたら、思いがけなく若い頃しょっちゅう聴いていたCascadesの「Rhtytm of Rain(悲しき雨音)」が流れてきた。バンドは聴きなれない「na Lelo」だが、実に聴きやすくそして上手だ・・・思わず繰り返し聴いた。Cascadesの1963年の作で、当時全米でも大人気だったようだ。そういえば、ザ・ピーナッツも「歌っていた」。

  

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この5月は・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 5月21日(土)10時12分32秒
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   好きな芭蕉が江戸から奥州へ旅立った月で、長旅になるので「庵」も手放している。
そのときの句
       草の戸も 住替る代ぞ ひなの家

 この頃の旅は、とにかく歩いて行かねばならず、旅先で斃れるかもしれないとの覚悟がいったに違いない。

 旅の前半は「歌枕の地」を訪ね歩いているが、その名所旧跡がすっかり変わっているのに驚いたらしい。

 ところが、松島では一首も残していないが、松島を紹介するところは精緻を極め、教養の奥深さがわかる。そして、立石寺ではあの有名な

       閉さや 岩にしみ入 蝉の声

 奥州平泉では

       夏草や 兵どもが 夢の跡  五月雨の降残してや 光堂

 を残している。松島、奥州ともにもう何年も前だが、「からまつのメンバー」と東北旅行で行き、楽しかった記憶が蘇る。憧れの立石寺はただただ感動だった。

 そして、20年近く前、友人と二人で登った出羽三山では

       涼しさや ほの三か月の 羽黒山  雲の峰 幾つ崩て 月の山

 また、   象潟や 雨に西施が ねぶの花

       荒海や 佐渡によこたふ 天の河

 「象潟や・・・」の句は「鳥海山」登山の際、JR象潟駅で降りた。芭蕉もやってきた「象潟」と、これにもたいへん感動した。ただ、芭蕉は佐渡を訪れていない。

 芭蕉(46歳)は元禄2年(1689)5月10日に江戸を出発し、10月17日?に大垣に着いていて、全行程六百里を150日間で歩いている。そして、51歳で死去した。









 

http://だ

 

依り代・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 5月19日(木)07時24分48秒
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   昨日は月に一度の女性そば打ち会だった。こちらも2008~2009年以来なので、もう13,4年は経つ。これほど長いと、そばを打ってそして昼食を取って、その後は世間話や最近の体験を話し合う「場」となり、「わきあいあい」のうちに終了する。

 一方、男性ばかりの友人たちが集まる「南天の会」もあり、、こちらは世間話よりも「政治や経済などに話がおよび、仲たがいの場」に化してしまうことが幾度もあった。そうした集まりは、しだいに回数も減り、一年に1、2回になってきた。また、そばをふるまうつもりで「そば打ちをしても関心を示さない状態なので・・・」いつの頃からか、そば打ちはやめてしまった。

 依り代とは「神の下りてくる場」を指すらしいが、古神道由来の神はありとあらゆるところに降りてくるとか・・・そういえば、登山をすると「大木や岩石、滝あるいは山そのもの」が信仰の対象になっていて、「鳥居やしめ縄」を見かける。

 修学旅行は「名所旧跡巡り」からしだいに「体験型」に代わり、信州などでは必ず土地の年配の女性が「そば打ち」を見せてくれる機会がある。かつて、「上手に打つコツはありますかか?」とたずねたことがあった。すると、「お嫁に来たら、どこのお家でもそば打ちは女性の仕事で、なかなかうまく打てないから、若い頃は神様にうまく打たせてくださいと祈っていたものです」との言葉を今も憶えている。

 まさかと思うが、そば打ちも神の「依り代」になるのかもしれない?

http://だ

 

Sさんのそば打ち・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 5月18日(水)07時07分56秒
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   昨日はSさんのそば打ち日だった。通ってこられて、もう13年目になる。

 「継続は力なり」は、学校などで子どもを励ます言葉としてよく使われる。Sさんも、コロナ禍でも続けて来られた。Sさんには「倦まず弛まず」がお似合いの言葉に思う。

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蕎麦・・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 5月17日(火)06時16分5秒
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   コロナ禍で遠くへ出かけることが無くなったが、こうしたときは季刊発行の「蕎麦春秋」は有難い。今号は栃木県のそば処紹介だった。栃木県は観光旅行で、万古焼の里を訪れたことがあり、泊まった旅館で「栃木の蕎麦」を食べた記憶があるが、どんなそばだったか、思い出せない。

 現在は道路網の広がりと人の行き帰も広範囲になってきた。そして今は、どこのそばも「江戸風」のところが多いように思う。

 写真の蕎麦は、店主も言う「昔から食べられてきたいなかそば」らしく、不ぞろいな太さは小間板(駒板)を使わない手駒での切りだと思うが、土地出身の人には郷愁を感じる蕎麦なのかもしれない。(蕎麦春秋61号から)

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この先の活動は・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 5月16日(月)08時18分15秒
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   コロナ禍のおかげで、いもほり事業も予算が消化されない状態になって、一昨年は耕運機を買い、作業も楽になった。昨年はマルチ(黒いビニールシート)を使った。そして、かなりの収穫量だった。これらは、ふだんの予算ではとても、買えない代物でもある。

 何もかも手作業でい行い、コロナ禍での人出不足を嘆いていたが、「窮すれば通ず」という、ことになった。

 「土に親しもう・・・!」が社協いもほり事業の趣旨だが、コロナ禍の影響は、さまざまな規制が解除になっても「いもほり事業にも収穫行事にも人が戻ってくる保障は無い」。

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今年も・・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 5月15日(日)07時24分34秒
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   一昨日の激しい雨が残るかと思っていたが、有難いことに昨日は曇り空の下で何とか「いも苗植え」作業を終えた。今年も畑の掘り返しや施肥、畝づくりも、そして「苗植え」も子どもやその保護者が一緒に学校へ「入る」ことは3年続きて認められなかった。

 いもほり行事は「収穫行事」だけの参加では、社会福祉事業の趣旨にそぐわない。とは言え、コロナ禍では仕方がない。

 社協ボランテイアが減る中で、ボランテイアだけでの作業は厳しい。

 写真 2か所の畑へ300本の苗を植えた


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閑古鳥は・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 5月13日(金)06時53分2秒
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   昨日は親しい友人の「快気祝い」をと思い、近くに住む別の友人と会場の下見のため、大阪市内が一望できる箕面の高台にある宿泊もできるレストランへ出かけた。

 あいにくの雨でもあったが、館内もレストランもガラ空きの状態だった。ここへは、大阪府の施設だった頃から毎年のように訪れたものだが、いつも多くの人がロビーから見下ろせる大阪市内の景観を楽しんでいた。やはりコロナの影響は続いているようだ。

 一緒だった友人は初めてらしく、雨に煙るあべのハルカスや、来年開業予定の御堂筋線の箕面までの延伸ルートが完成まじかを眺めて楽しんでいた。

 コロナ明けには自由に振舞えるとは言え、また「待てば海路に日和あり・・・」とは云うものの、「待ち疲れしないか・・・」とも思う。

写真 ロビーからの大阪市内

 

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杉玉の似合う・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 5月12日(木)06時21分39秒
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   訪れた古?民家の軒下に「杉玉」がつるしてあった。聴けばご夫妻とも「お酒」とは無縁とか・・・つまり下戸らしい。

 杉玉は「新酒ができました・・・」との合図の飾りで、お酒の神様奈良県大神神社が起源の文化らしく、江戸時代初期から全国に広まったとか。

 下戸のご夫妻の杉玉は、とにかく目の前の自然を丸ごと楽しもうの精神の現れに、思う。まず自分たちが楽しみ、訪れた人たちにおすそ分けをする。杉玉の飾りも杉の葉の青いうちからしだいにうす茶になり、そしてまっ茶になっていく過程を眺めて楽しむものらしい。杉玉一つをとっても日本文化は奥深い。

 先日もそれを眺めながら、自然と一体となって楽しんでいるご夫妻が眩しく羨ましく思えた。

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天上の楽園へ・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 5月11日(水)16時46分27秒
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   昨日は以前からお誘いを受けていた、某さんの奈良県吉野の古民家?に伺った。

 奈良県吉野町吉野とはどんなところなのだろう、と興味深かった。山伏のお寺で有名な金峰山寺からさらに奥へと進み、そして途中から西へ「林道」に入り、しばらく進むとその古民家はあった。林道から家への道も見事に手入れされ、現れた家はとても古民家とは呼べない趣があった。

 庭には季節の花が植えてあり、はちみつを取るための巣箱があったり、それに月を見るための「月見台」まで造られていたり・・・驚きの連続だった。花々を愛でたり、うぐいすの鳴き声を聞いたり、遠くの山並みを眺めたり・・・時が瞬く間に過ぎていった。

 招いていただいたご夫妻もふだんは大阪に住まいし、週末ごとに通ってきていたらしいが、今は週に2,3回はやってくるとか、宣べなるかな。そんなところだった。

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驚いたことに・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 5月 9日(月)07時22分31秒
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   昨日、故郷の同級生から電話があって驚いた。ほんの三週間ほど前に小学校時代のクラス会であったばかりの女性の家が「隣の家の火事で類焼した・・・」とのことだった。

 こちらの生家から歩いて10分くらいのところに住んでいて、3,4年生と同じクラスだった。小学生の頃から、還暦を過ぎての同窓会でも、小さなことにこだわらない独特な言い回しで男女を問わず人気のあった女性だった。永年、自宅で書道を教えていたそうで、ご亭主の単身赴任が多かったので「時間を持て余して・・・」とさらりと言っていたのを聞いたことがあった。いつも、「手書きの達筆の賀状」をくれていた。

 友人や知人が火事に遭ったなどは、一度も聞いたことがない。火元は隣の家の仏壇あたりだったらしい。友人によれば、「本人は放心状態のようで、落ち着いた頃に電話をしてやってくれないか」とのことだった。

 もちろんそうするつもりだが、慰めの言葉も見つからない。

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3年目を迎えた・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 5月 6日(金)08時33分10秒
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   いろんな集まりも開けないまま、また地区の行事も実施できない状態で、それが3年目を迎えた。今年はコロナのうねりが収まっていくのだろうか・・・。

 4月から活動再開に向けて、会議が開かれているが、その会議の出席者も少ない。先日も、今まで一緒に活動してきた方から「もう齢をとりましたから、再開されても活動はできません・・・」との電話をいただいた。

 「体調不良などは活動の障害にはなりますが、年齢は障害にはなりませんよ」、とお伝えしたが、意志は固いようだった。ボランテイア活動は、最前線で動く必要のあるものから後方でその人達を支える役割まで、いろいろある。体力は多少は衰えても、気持ちの持ちようで活動できる。

 こちらも、活動の内容によっては最前線にいたり後方支援にいたりしながら、やってきた。コロナ収束に向けて活動が始まっていくが、人手不足で再開ができない状態は避けたいと思っている。

 

http://だ

 

行けなかったところ・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 5月 4日(水)09時10分55秒
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   2,30代の頃、行けなかった場所を「YOU TUBE」で見るのを楽しんでいる。それに驚いたことに国道はもちろん、どんな山道でも都道府県の道のほとんどが「舗装されている」ことだ。こうしたところを紹介してくれるYOU TUBERの存在は有難い。

 やはり、生まれ故郷滋賀県や京都府近辺の山々に登っていたこともあって、そうしたところの紹介は嬉しく興味が尽きない。ただ、そのころは当時はほとんど「舗装されていないがたがた道」だったので、バスなどに乗っているだけでも大変だった。

 昭和40年代頃に「廃村を訪ねる」企画などもあって、京都北山に幾度も訪れた。実際に廃村になってしまったところもあるが、都会から人を呼び込んでいるところもあって再生したところもあるようだ。

 それにしても、日本の道路網は末梢血管のように張り巡らされていて驚く。険しい峠道や崖に張り付いた道などもその昔は「必要があって造り、住民が行き来した」に違いない。ヘキサ桁数の多い道はやがては「廃道」になるだろうが・・・・先人の苦労して造った道はその苦労をしのぶためにも残してほしいとも思う。

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連休の谷間で・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 5月 2日(月)08時40分36秒
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   コロナ禍が少し薄れてきた。小学校内の敷地の一部を借りての「いもほり行事」のための「苗植え」、その後の「水やり・雑草取り」などに休日に子どもたちと一緒にする作業は、許可が下りなかった。10月の収穫行事だけの参加だと、いも農家さんの「いもほり」と変わりない。残念だが、家庭内感染や、感染者が劇的に少なくなっていない状況からはやむを得ないかもしれない。

 ただ、登録ボランテイアはコロナ禍で減少し、一人当たりの作業負担は大きく増えた。

 地区社協の10ほどの委員会の状況は、どこも同じらしい。地区の福祉活動をすべて無償ボランテイアで支えている現状は、行き詰まりに近くかなり厳しい。

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居座ってくれた・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 4月28日(木)08時06分10秒
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   早朝からうぐいすが鳴く音が窓越しに聞こえる。

 どうやら、今年は居座ってくれたようだ。近くの小さな公園の大木にカラスが巣をつくり、こちらも毎年子育てをして、カラスの家系をつないできていたようだが、昨年の秋に、市の公園課の人たちが大きな枝やカラスの「巣」を取り除いて、丸裸状態にしてくれたおかげかもしれない。

 2,3月頃に、古巣育ちと思われるカラスがその大木の近くの電柱のてっぺんにとまり、「大きな鳴き声」をあげていたが、それも四月なって来なくなってしまった。周辺に住む者にはカラスの大声から、とってかわって「ウグイスの鳴く声」を楽しめるのだから、いつになく嬉しい春になった。何より、生ごみの戸別出しになったことも、カラスを寄せ付けない一因だと思われる。

 四月末になって、そば打ちをすると「いよいよ汗に悩まされそうになってきた」。今日、やってくる友人に持って帰ってもらうために続けて2回打ったが、加水量を微妙に変えて打ち、かえって手こずってしまった。そして、汗に悩まされた。
 

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旅は心の癒し・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 4月27日(水)07時05分39秒
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   短歌に登場する「歌枕」の名所旧跡は王朝時代の歌人が、想像のなかで作り上げ、訪れてみると、そんな場所などなく想像の文化遺産と言える・・・・らしい。歌枕は「みちのく」に多く残されている。

 ところが、立石寺、光堂、最上川、羽黒山や月山などへ行ってみると、芭蕉が、「奥の細道」に描いたままの姿で残っている。そして、旅すがら身をもって感じた楽しさや嬉しさそれに悲哀までも俳句にしているのが、現実感を持って伝わってくる。

 旅は愉しいが、それができないもどかしさが今にある。友人が月に一度の割合で連れて行ってくれる近隣へのドライブは、この上なく楽しい。閉じこもりの日々は、得られることは何もない。

 芭蕉も「奥の細道」への旅をしなければ、想像をたくましくして歌を残した「平安貴族たち」と変わりない市井の俳人になってしまう。

http://だ

 

年に一度の・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 4月26日(火)08時35分50秒
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   毎年この時期に、同じ園芸品の卸売店に「いも苗と肥料」の買い付け行くことにしていた。社協会長が亡くなるまでは、会長の車とこちらのとで二人で10年ほど通っていた。牛糞や草木灰、化成肥料、いも苗などで、2台の車でもいっぱいになった。

 会長が亡くなりこちらも車を降りたので、注文だけをして、後日にいもほり委員の車で受け取りに行くことになった。そして、それももう4年になる。

 卸売店は阪急曽根駅から歩いて往復7000歩ほどだが、季節の良い四月の「マイ・プライべート行事」として、楽しみにしている。

 それは、阪神高速道沿いのひっそりとした森に参拝者が余りいない春日神社に御参りでき、さらに曽根駅近くには豊中唯一の市立園芸公園があり、春爛漫を楽しめるからでもある。

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3回目接種者は50%ほど・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 4月25日(月)08時15分3秒
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   新聞には毎日ワクチン接種状況が載っているが、3回目接種が未だ50%くらいで、はかどらないようだ。3回接種すると、非接種者に比べて感染確率はかなり低い、とも載っていたが・・・。

 3年目を迎えるマスク外出は、やはり苦痛に思う。昨日も、千里中央で行われたある会議に出席したが、十数人ほどの会議で90歳を迎える方が3人も出席され、異口同音に「マスクでの外出は苦痛です・・・」と、言っておられた。

 「1,2回目の接種は緊急避難的に接種したが、3回目は感染者の減少もあって副反応を耐えてまでも、接種する必要を感じない」と思っている人もあるのかもしれない。

 会議には90歳であっても役目柄仕方なく出席されていたと思われるが、マスクをして傘をさして、さらに杖をついてお帰りになる姿は痛々しかった。

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琴座流星群・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 4月23日(土)07時15分48秒
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   ここ何年も「万点の星空・・・」に出会ったことがない。今年は琴座のα(1等星)ベガの周辺の流星群が見られるらしい。ベガは「全天第1のダイヤモンド」といわれ、緑がかった青い光を放っている。「中国名の織女星(織り姫星)、そしてアラビア名の落ちるワシ」で、12,000年後の北極星になる。

 今回は、午前0時から4時くらいなら見える琴座流星群とか、以前なら眠気を押して眺めたい気持ちもあったが、今はその日に予定があったりすると、とてもムリ・・・になった。

 覚えている星座の形がわからなくなるほどの、満天の星を眺めて感動したのはもう20年も前の和歌山美里の天文台で、そして長野県の八ヶ岳山麓でだった。北摂猪名川の大野山にも天文台ができているらしい。今一度、そんな星空に出会ってみたい・・・。

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大阪城公園・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 4月20日(水)06時22分41秒
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   昨日は、法円坂で会議がありその帰途大阪城公園に寄った。一年に春先から5月にかけて3回ほど同じ場所である会議もコロナ禍で、一度きりになっていた。大勢の人が憩える公園は、貴重で有難い。

 昨日も日差しは暑くもなく、ちょうど良い気温だったらしく多くの花々が楽しめた。

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ある弁護士の言葉に・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 4月19日(火)07時57分18秒
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   「生活を複雑にして心身をいたずらに消耗するのは避けなさい・・・」こんなのがある。5,6年前、地区社協の上の役員に推薦されたことがあった。それは固辞した。前任の方はその役職にあってずいぶん苦労されていたことを知っていたからでもある。そして、前任の方はわたしより若くして亡くなられた。

 地区のそれほど責任を感じない役職を引き受けても、それなりに苦労もあり、家庭も方も少しばかりの苦労もある。これ以上難しい役職に就くことは、神経をすり減らすに違いないと思えた。普段の生活をいっそう複雑にするのはムリがあり、心身疲労疲労に襲われる気がした。

 人は高齢になると例外なくわがままになる。いろいろな役を引き受け、「意の通じない人との付き合いは生活を複雑にする」。そして気持ちも荒む。冒頭の言葉を肝に銘じておきたい


 

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比良山に残雪が・・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 4月18日(月)08時00分50秒
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   昨日は故郷の小学校同級会に出席した。

 1学年4クラスの3,4年生はクラス替えがなく、同じ担任の先生の持ち上がりだった。多くの幼馴染が2年間も同じクラスで過ごすのだから、同じ町に住む者のつながりは一層濃い。
 もう10人ほどしか集まらないが、女性を旧姓で呼んだり、○○ちゃんと当時の付きに合いのままで呼んでいたりする。昨日も。聴けばクラスメイトのなかには多くが「亡くなっていたり、闘病中だったり、介護施設に入所をしていたり・・・」で様々だった。(担任の先生も同じ町内に住んでおられたが昨年95歳で亡くなられた)

 クラス会は町の山裾にある毎回開く仰木の「柿の里」で、2時間半も続いた。


「写真」 驚いたことに比良山に、残雪がわずかに見えた。そしてホームから見て左の緑の山から中央右の小山まですべて田んぼだったが、この10年の間にすっかり変貌した。

 また毎回会場にしている山裾にある料理屋「柿の里」もコロナ禍で、営業も大変らしい。

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桜が終わって・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 4月15日(金)09時42分40秒
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   華やいだ「桜の季節」が終われば、樹々が一斉に芽吹き始めた。桜が一瞬の癒しとすれば樹々は、秋に葉が色を変えて、落ちるまで尽きない安らぎを与えてくれる。

 もう一つ、「そば打ち」も樹々に似ていないかと思う。

 昨日はSさんのそば打ち日だった。楽しみにしてこられるようで、その分、こちらも同じように楽しい。

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いよいよざるそばが・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 4月14日(木)07時34分35秒
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   桜も終わり、急に暑くなってきた。と言っても、そば打ちをしていても汗ばむほどでもない。昨日は女性のそば打ち会、5人が参加された。今は、M製粉の「特選」を打っているが、打ちやすいそば粉に思う。加水率が20%台の蕎麦粉は初めてで、戸惑いもあるが良い経験だた思う。どうやら国産と北米産とのブレンド蕎麦粉のようだ。

 もうそば打ちに関しては、アドバイスをすることもなくなったので、楽しんでもらえれば良いと思っている。

 そば打ちが終われば、その人数分の情報が交換できる。コロナ禍では特に情報が大切で、新聞やラジオ、TVでは伝わってこない、取り分け「生の情報」が、生活には必須だ。

 昨日も生活に根ざした「生の情報交換会」のような趣もあって、それぞれに参考になったのでは、と思っている。

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うぐいすが・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 4月13日(水)06時46分44秒
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   住宅が立並ぶこんなところに、今年はうぐいすの鳴き声が2週間近く聞こえる。うぐいすの鳴き声は、いつどのようなところでも癒される。4,5月頃に登山をすると、ひと汗かいたころにうぐいすの鳴き声が聞こえて「ほっと一息」ついたものだった。

 都会からカラスが消えているらしい。そういえば、住宅地では数軒分の「生ごみ」をまとめて網をかけて置いていた頃は、カラスがその生ごみをあさって、あたりにまきちらしていたが、個(戸)別に家の前に置くようになって「カラスが寄り付かなくなった」からのようだ。つまり「自己責任で生ごみの管理をする」ようになったからとか・・・・。
そのおかげで、カラスに追いやられていたうぐいすも、長く「滞在」してくれるのかもしれない。

 住んでいる市もごみ回収を業者委託にして3年ほどになるが、と同時に個別のごみ回収にしたようだ。個別回収は「面倒な分」、回収費用も高くつくかもしれないが、やむを得ない。

 それにしても、本格的な春・春・春・・・がやってきた

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わが聖地へ・・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 4月12日(火)06時14分49秒
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   篠山はそば打ち段位認定会のため、2005年から7年間通い詰めた。そして、しばらく遠のいていたが、能勢に住む友人も「篠山好き」らしくこの4年間は年に2,3回は篠山へ連れて行ってくれる。

 昨日、名残りの桜見物に誘ってくれた。もう篠山城跡の桜は「散りはじめ」だったが、篠山市郊外には満開の桜並木がいくつもあり、「よくもまあ、これほどの並木を作ったもの・・・」と感動も絶えなかった。

 昼食は元の篠山の市役所だった「大正ロマン館」あるいは「JA経営の特産館」に、そして知人などへのみやげ物は「梅角堂」の栗最中か栗羊羹・・・そして帰りは天王を過ぎたところから、横道にそれて瑠璃渓へ。山々の夕景を楽しみながらコーヒーを、ここまでもいつも同じ・・・。昨日も何回目だろうと思いつつ過ごした。

栗柄峠近くの栗柄ダムと篠山城跡のしだれ桜



 
 

同窓会の案内が・・・

 投稿者:T.Kojima  投稿日:2022年 4月11日(月)06時28分7秒
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   生まれたところは滋賀県滋賀郡だったが、現在は琵琶湖の南西のかなり広い地域が大津市に編入された。子どもの頃、1時間もかけて通学する子もいた。元々は千年以上の歴史もある町で、浮御堂のあるところとして知られている。それだけに、地域の結束力が強く今も小学校時代の同窓会の案内が来る。今年も、3月中旬に来た。

 昭和44年に江若鉄道が廃線となり、49年にJR湖西線が開通するまではバスで帰省していた。冬山登山と称して山岳部員たちと、暮れから正月にかけて登山をしていた頃に江若鉄道をたびたび利用したことが懐かしく思い出される。また、その昔は土日の比良登山の際には友人たちに実家に泊まってもらったことが、何回かあった。

 今年の同窓会はコロナ禍でもあり、また高齢になり20名にも満たないらしい。容貌もかなり変わっているのも居て、見分けがつくのかなと思ったりする。以前には東京や九州から駆けつけていたのもあったが、聴けば大阪からの二人が最も遠くかららしい。
 

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