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Sさんとそば打ち・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 7月15日(日)18時02分51秒
返信・引用 編集済
   「そば打ちは楽しいですか?」と訊ねられることがある。楽しいとも言えるし、悔しい思いや、苦しいなと思うこともある。ただ、素人のそば打ちは上達の一途を辿ることもない。ただ、間隔を空けるのはそば打ちに限らず上達にほど遠い。

 昨日はSさんとのそば打ち会、こちらも打つので逐一見ているわけでもないが、手順やその技術はマスターされたと思う。

北海道産蕎麦粉800g つなぎ200g 加水量435cc 蕎麦粉は賞味期限2ヶ月とは言え、やはり冷蔵庫保管する必要がある。
 

暑さの中での・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 7月14日(土)07時49分52秒
返信・引用
   夏の暑さの中でのそば打ちは厳しい。それでも、美味しいざるそばを食べたい一念で頑張るところがある。

 この水曜日は女性そば打ち会だった。大きなしくじりもなく美味しそうなそばに仕上がった。大したものだと思う。

蕎麦粉(北海道沼田産)800g つなぎ(カメリア)200g 加水量435cc
 

家庭菜園の域を超えて・・・農家の仕事は・・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 7月12日(木)07時41分57秒
返信・引用 編集済
   近くの家庭菜園で農作業をしている方を見かけるが、2坪ほどに区画された狭い土地にトマト・なす・きゅうりなどが鈴なりになっているのを見る。

 木村農園はかなりの広さで、多くの野菜を植えて本格的なものらしい。今までもいろいろな野菜を八尾から持ってきてくれた。近くのスパーとひと味違うのものを楽しませてくれる。
 毎月、ボランテイアで小学校のいも畑での作業をしているが、夏は取り分け厳しい。蚊や灼熱の太陽や雨のときもあり、やはり素人はにはつらい作業になる。

 先日も木村農園収穫の野菜を玉造のY君一行が運んできてくれた。ほんの少し農作業を「経験している」ものには丹精込めて作っているものには「大切な気持ちの入った」ものに思えて、さてどんなどんな料理でと、思案するのも楽しみだ。

モロヘイヤをチジミしたそれに・甘くて美味しかったミニトマト
 

蕎麦の歴史・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 7月 9日(月)09時08分12秒
返信・引用
   私達の打ったそばを「美味しい!」と言って食べてもらえる。蕎麦通のひとからだと「なんだこんなそば・・・」と酷評されそうだが、まあムキになることはない。そばは美味しいが、うまく打てるよう努力を怠ってはならない。

 在来種蕎麦は(品種登録されていない蕎麦およそ70種ほど、登録品種は30種ほど)の歴史は、貧しさと表裏一体で山間僻地で作られ、朝昼晩に蕎麦を食べたと言う。

 ずいぶん昔、信州へスキーに出掛けた際の民宿では、必ずそばが「そばがき」や「おやき」、「そば汁」などで出た。その時は美味しい食べものにも思えなかった。昭和35年、初めて福井へスキーに出掛けたとき一泊の宿泊料は500円、食事もその家の食事とあまり変わらなかった。そしてやはり、その家のおばあさんが打ったそばが出た。

 そばは好きの人には「手打ち」と言えばたいへん喜ばれる。昨日、お花を供えにきてくださった方は「次は友人と来ますのでそばを食べさせてください」と言って帰られた。ちょっと頑張らないと・・・との思いに駆られた。
 

この豪雨は・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 7月 6日(金)08時55分0秒
返信・引用
   北海道には「梅雨がない」などと言われながら、ここ数年に毎年のように襲う低気圧や台風による豪雨は「何なんだろう・・・」と思う。広大な土地に作付けされたジャガイモやトウモロコシの畑に、近年は蕎麦が作付け面積を増やしている。その蕎麦は雨や風に弱い。

 新得・沼田。和寒などと被害地域を聞けば「蕎麦農家」の嘆きはたいへんなものだろうと思う。我々の打つ蕎麦は北海道産のもの、農家の努力のお陰で美味しいそばが食べられる。
 こんなことが続けば、外国産の蕎麦を食べることになるに違いない。
 

昭和40年・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 7月 4日(水)11時50分8秒
返信・引用 編集済
   この年に運転免許を取り、マツダファミリア800を買った。小さな車だったが5人乗りで、これでまだ高速道路網が無かった時代に友人達とあちこちへとドライブに出掛けた。テント一式を積んでいたために旅館などに泊まらなくても「宿泊」はテント泊で十分だった。

 そんな仲間達7人のうち2人が亡くなり、さらに3人は「独り暮らし」になった。免許証を返納したのはわたしだけらしい。

 友人の一人が「40年代の初めに、お前の車であちこちに行ったところを、トレースしよう・・・」と言って来てくれた。独り暮らし歴14年目のその友人は「落ち込んでいるのを何とかしてやろう」との配慮だと直感した。わたしの車に5人のときも2人のときもあったので、皆が同じところへ行ったわけではないが、とにかく声をかけてくれた友人はいつも一緒だったような気がする。

 「俺は100才まで、返納しない」と宣言している友人ととりあえず2人で、7月末から手始めに日帰りや泊まりで好きで何回も訪れた「三方五湖」から日帰りでスタートすることになった。友人は・・・有り難い。
 

この暑さでは・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 7月 2日(月)21時19分40秒
返信・引用 編集済
  やはり「ざるそば」が美味しい・・・。そば打ちで汗がしたたり落ちでも「食べたい一心」は、何より強い。

北海道産蕎麦粉の二八そば 
 

紫蘇の効能・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 7月 1日(日)07時34分35秒
返信・引用 編集済
   そばにも「しそ切り」そばがある。打つには面白いが香りを楽しめても食べて美味しいとは限らない。
赤しそはそばには向かないが、やはりジュースが一番に思う。酢を多く使うこともあって「保存」にもよい。クックパッドを開けば何通りもの作り方が載っていていくつかを試してみたが、料理教室で習ったレシピを使っている。毎年大量に作って保存したたり、貰ってもらったり・・・・。

効能・・免疫力を高め、精神安定 貧血 脚気 動脈硬化予防等々に良いとか。

赤しそ葉1束(葉のみ120g~130g)6月~8月くらいにスーパーでも売り出される。
酢・・・・・・・・・・500cc
砂糖・・・・・・・・・500g
保存 保存びんに入れ冷蔵庫で1年

今年も作り始めた・・・。



 

この時季に干し柿を・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 6月30日(土)07時39分7秒
返信・引用 編集済
   先日のそば打ち会の際に、干し柿をいただいた。無類の柿好きでもこの時季に「干し柿」を食べるのは初めてだ。
 一週間ほど前、いつも寄る小さなケーキ屋の主人と店の横の敷地へ「実がついたね・・」と青い小さな柿の実を二人して眺めたものだった。

 好き嫌いに理屈はない。あるとすれば「幼い頃の想い出」とか、「初めて食べた時の強烈な印象」とか、そんなものかも知れない。

 いただいた干し柿を口に入れたときの美味しい味は、想い出の何もかもが一挙に頭の中にぐるぐると駆け巡った。
 

Sさんとのそば打ち・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 6月29日(金)06時33分59秒
返信・引用 編集済
   昨日はSさんとのそば打ち日だった。千里そば打ち教室でお知り合いになって10年近くなる。互いに年齢を重ねたのでそば打ち後は、コーヒーを飲みながらもっぱら健康談議になってきた。得がたい友人を得た思いでいる。

 そば打ちはプロならいざ知らず、素人はいくつ何十になってもできる。量を減らし、昼食や夕食に間に合う程度の量でも良い。今ごろからは暑気払いの「ざるそば」はうってつけだ。

蕎麦粉(北海道上川町産)800g  つなぎ(カメリア)200g 加水量 430cc
 
 

男女の違い・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 6月28日(木)18時22分27秒
返信・引用
   近くの「老人憩いの家(福祉会館)」に係として出入りして10数年になる。いろんな催しの参加者の大半は女性ばかり、初めの頃は女性はヒマなんややろうか?としばしば思った。

 最近まったく違うのに気づいた。男性は「そんなことは知ってるよ」との意識が強いが、女性は「何かしら学べるのでは?」との気持ちを持って参加されている。それを補ってくれる言葉に「どんな人の話からでも自分の知らない有意義なことを必ず学べるものがあるものだ(ウオルター・スコット詩人)」との言葉に出会って意を強くした。

 過日の高校生の弦楽演奏会でも女性は「あ~あ、楽しかった、上手な演奏だったね」の評に対して「ヘタくそやな!」と言う人は数少ない男性参加者の中のしたり顔をした男性だった。

 男性の欠陥か欠点か性(さが)か、興味深い。
 

そば打ちは・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 6月28日(木)14時59分31秒
返信・引用
   3月以来中断していた「女性そば打ち会」を、昨日再開した。ブランクがあると上手く打てないことが多い・・・と思っていたら、皆さん上手く打てた。基礎、基本を習得できているからに違いない。工程順の基本をマスターしていれば、「多少のブランクには対応できる」ことの証しかも知れない。
 久しぶりに美味しい「ざるそば」をいただきました・・・とのメールは嬉しい。
 

清荒神・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 6月26日(火)17時00分24秒
返信・引用 編集済
   ぽっかり空いた一日、清荒神と中山観音寺への参拝に出掛けた。清荒神の参道はほとんど人はいない。真夏のような日差しが照りつけて、汗が噴き出た。いく度も来た道だがやたら遠いように感じた。清荒神の中もまばらな人影だが、駐車場には30台くらいの車があった。

 聖光殿前のベンチで、涼風に吹かれて息をついた。このベンチで一人のときや友人と一緒のときやらを思い起こしながらベンチで長い休みをとった。瀧そばのお参り場に寄り、ゆっくり下山するつもりだったが、自然に足早になった。阪急清荒神駅に着いたときは「いささか疲れ」を感じた。以前なら売布神社駅か中山寺駅まで歩いたものだったが、とてもできなかった。中山寺へも行かず・・・・帰宅した。

 清荒神
 

蕎麦春秋・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 6月25日(月)18時22分57秒
返信・引用
   唯一の専門誌「蕎麦春秋」が来た。年4回発行だから、取材に力が入って目新しいものを期待しながらページをくっても中身に新鮮味がない。そばが高級食材になったような扱いの店の紹介が多い。それもそのはず、蕎麦粉の価格の高騰でざるそばなどを紹介しても、惹きつけるものがないからだと思う。

 
 

外食の功罪・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 6月24日(日)08時35分19秒
返信・引用 編集済
   先日、久しぶりに「長年の友人」にあった。奈良の二上山の眺められる農家の点在するあたりに家を新築して20年になるといい、目下、三世代同居とか。ふだんは、借りている土地で「野菜」などを植え、野菜だけは自給自足を目指して10数年になると言う。

 ナンバで会ったので、昼食時間になり「どこか入って食べよう」となったが、二人ともこれと言った店を知っているわけでもなかった。彼もほとんど外食はしないという。こちらも住んでいるところの「和食」や「洋食」の店に行くこともあるが、せっかく料理教室へ通ったのだからと「自前の料理」にこだわってきた。早くから独り身になった友人に聞けば「こだわらんと、片付けもカンタンにできるものが良いよ」とアドバイスをくれた。

 冷蔵庫にたっぷり入った食材、それを見るだけでも「何を作ろうかな?」との意欲も湧くが、「片付けもたいへんだな・・・」と友人の忠告が頭をよぎる。
 

病院のインフラは?

 投稿者:小島  投稿日:2018年 6月23日(土)08時08分53秒
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   昨日、国循(国立循環器病研究センター)へ検診に行って驚いた。キープアウトの黄色テープが張り巡らされているところがある。地震当日、水が出なくなり自前の設備も使えず幾人かの患者が他病院に移送されたらしい。2階の廊下には20リットルポリ水タンクが何十個と並べられていた。

 国循と言えば信頼度の高い病院で、全国から多くの医師が集まり研修を受けている。玄関横の大きな掲示板には院長以下何百人かの医師の名前が載っている。ただ、幹部医師はともかく若い医師は半年~1年くらいしか在籍しないようだ・・・。行く度に「○○先生は退職されました」との掲示が貼ってある。わたしの場合も行くたびに主治医が変わっている。

 3年ほど先には吹田地区へ移設されるそうだが、古くなった現在の施設にはもう新たな投資はしないのかも知れない。トイレの(大)の方の壁がはがれ落ち、中に入った人には誰彼なしに「係員」が「大丈夫ですか・・・」と声をかけていた。

 病院の実態は、旧態然としたところがあるのを、ここ数年でたびたび「様々に経験し、思い知らされた」。小さな医院はともかく大病院は「土・日であっても休み」があってはならないとの思いが強い。
 

地震の奪うものは・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 6月20日(水)07時40分50秒
返信・引用 編集済
   子どもの頃、福井大地震があった。滋賀県の実家は古い木造2階建てで揺れに揺れ、倒れるのではないかと思った。それから毎日、余震のためにいつでも飛び出せるようにと服を着て寝た。その時は家の中のいろんな物が落下して壊れた。祖父母が大事にしていた柱時計も、大きな鏡も、古くからある食器類も・・・。子どもだったわたしには幾日も涙を流す祖母の姿が忘れられない。

 わが家でも、阪神・淡路大震災の際には食器棚から食器がかなり飛び出し壊れた。登山や旅行で買った磁器や陶器、飾り物のいくつもが壊れた。想い出深い物も床に落ちて無残に割れていた。今回は、被害こそ小さいものだったが、こころに刻まれた記念の物がもとのかたちがない位に散らばっているのを見ると、ぐさっと胸に刺さるものがある。

 物ならまだしも「命」を奪われた人のまわりの人達の心痛は、想像すらできないほどの衝撃であると思う。地震はまさに繰り返される自然の無慈悲な所業に思えてならない。
 

またまた地震にあって・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 6月18日(月)18時17分41秒
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   午前8時前、いつものように食卓で手紙を書いたり書類などを整理しているときに、いきなり「どど~ん」の音と共に地震に見舞われた。とにかく机にしがみついた。恐怖感よりどれほど続くんだろう・・・案外冷静だった。思っていたら案外早く収まった。食器棚の中の食器が音を立てているのもおぼえている。すぐにメールをいただいたので返信したりして1時間ほどして広くもない家の部屋をまわってみると。不安定ところに置いていた箱や本や書類がかなり落ちていて散乱していた。
 次々といただくメールは「大丈夫ですか?」「お~い、大丈夫か?」だった。北部大阪の強い地震でもあり何より独り身になったわたしへの気遣いだと思えた。正直に告白すれば嬉しくて「涙」が止まらなかった。
 

高齢者の楽しみ・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 6月17日(日)10時13分11秒
返信・引用
   昨日は地区の福祉会館で近くの府立高校生の弦楽演奏会が催された。午後2時頃のスタートと聞いていたが、高校生達も早く来てくれ観客の数が少なく心配されたが。60席用意したイスも足らず、20席ほど追加したがそれでも立ち見が出た。集計してみると105人の方がきてくれたらしい。終わって高校生達は観客席の中に入り高齢者といろんな話に華が咲いたらしい。

 やはり若い人達との交流は嬉しいらしい。近くの施設(デイサービス)からも車いすで来られていた。
 

付かず離れず・・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 6月12日(火)07時48分54秒
返信・引用 編集済
   「はっきり近づきもせず、また、なかが悪くもならない状態」と辞書にはあるが、「ほどよく距離を置きなさい」の著者90才の現役女性弁護士湯川久子さんも同じことを繰り返し書いている。古くから伝わる「日本のことわざ」は人間関係を巧みに切り抜ける手立てをみごとに言い表しているに違いない。

 それにもう一つ、わたしはクリスチャンではないが、聖書には「後ろのものを忘れ、前のものに全身をむけつつひた走る」ともあるらしい。これは、過去の栄光にすがることなく「今、どう動くか」しか答えがない。と言うことらしい。
 「あのとき、ああしていれば」は禁句です。「過去にこだわっているかぎり、あらたな道をえらべない」。と湯川さんも書いている、生身の人間の多くの苦悩を解きほぐしてきた方の、生の方法を伝授してもらったように気がした。
 

時機を得た友人の誘い・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 6月11日(月)17時47分5秒
返信・引用 編集済
   昨日、60年来の友人の誘いがあって、兵庫県立芸術文化センター大ホールで開かれたクラシックコンサートに出掛けた。宝塚市交響楽団?初めて聞く楽団名にまず興味があった。「クラリネット奏者の友人から案内状が届いたので君を誘った・・」と言っていたので、おじさんとばかり思っていた。
 演奏会が終わってロビーに現れたその奏者はなんと30才くらいの容姿優れた女性だった。その方の幼い頃からの知り合いらしい。

 演目はべートーベンの交響曲第2番、リヒアルトシュトラウスの「ドンファン」、ヨハンシュトラウス2世「歌劇こうもり」序曲だった。熱演で、大いに楽しめた。入場料千円、これも嬉しい。
 

ひとの味覚は・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 6月10日(日)09時04分40秒
返信・引用
   海野宿で食べたそばは「意外」に美味しかった。長野への高速道が通じ、信州と江戸を結んでいた北国街道はローカル道になり有名な海野宿の観光客もまばらになったようだった。歴史的に有名な宿場町でも寄り道するほどの物好きな人も少ない。昨年の四国脇町もそうだった。
 海野宿の蕎麦屋も「頑固そうなオヤジの頑固なそば」だった。頑固なとは東京に近いとは言え、江戸そばにおもねることなく太く短いいなかのそばで通していたと思えた。

  地方へ出掛けて食べるそばにも職人さんが「翁で修行しました・・・」などと言われると、「ほう~!」と感心してみせるが、内心はその土地のそばが食べたかったのに、残念な気がする。

 
 

高橋邦弘・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 6月 9日(土)07時47分33秒
返信・引用 編集済
   高橋邦弘が広島県から大分県杵築市に移って4,5年が経ったかも知れない。ホームページによれば、しゃれた建物(そば店)は12席の会員制らしい。メニューは「もりと田舎そば」、山梨県の長坂以来のものとか。そばを打ちを始めて4年ほど過ぎた頃、高橋邦弘の「そば屋 翁」 副題の「僕は生涯そば打ちでいたい」に出会った。中身は彼の生い立ちからそば打ちに目覚めるまで、そば打ちの技術、そば打ちに対する取り組み」・・・など。わたしのそば打ちのバイブルになった。

 ところが、新しいそば店は高台に建つ建物は大分湾が望める素晴らしいロケーションである。ただ、12席はともかく会員制はいただけない。1944年生まれだからそば打ちはかなりきつい仕事かも知れないが、彼のそばを食べてみたい人は全国から来る。多くを打てなければ、限定何食程度でも列んだ人に食べてもらえば、彼のセオリー(そば打ちの原点)に合うのではないかと思う。「功なり名をとげた」ら・・・こうなるのかとちょっとさびしい気がする。バイブルがちょっと色あせた気がした。

 
 

有り難う!

 投稿者:小島  投稿日:2018年 6月 8日(金)08時43分19秒
返信・引用
   鄙びた街の蕎麦屋から(あまり歓迎しないが各地の有名蕎麦屋を含めて・・・)全国そば行脚が夢だった。夢は夢で終わるかなと思っていたら、思いがけずその不安が払拭された事情になった。
 羽黒山の板そばも新潟のへぎそばも北海道千歳の八雲そばも、海野宿のそばも八ヶ岳麓の新次そばも美味しいには違いないがどこかしっくりこなかった。

 世にそば好きは多い。それも名のある蕎麦屋をめぐって食べ歩き「そば好き」と称して雑誌や本をも書いている有名人もいる。わたしは、それはごめん蒙りたい。こんなところに「こんな美味しい蕎麦屋」があったのか、ざるそばの値段もそこそこ、構えも設えも素朴な蕎麦屋をめぐりたい。(かの故石川文康氏はそんなそば好き学者だった)

 H・Y君有り難う。先ずはしばらく休んでいたそば打ち勘を取り戻すために、練習を積んで後再開させていただきます。
 

蕎麦が恋しい

 投稿者:H.Yoda  投稿日:2018年 6月 6日(水)10時15分6秒
返信・引用 編集済
   打ち立ての蕎麦は冬でも、まず 特性のだし汁で ざるとビール最高  後日は熱いたぬきで

お江戸では、たぬきソバにたぬきうどん?  けつねソバ?にけつねうどん

長らく蕎麦を食べていません。 先生も何かと大変でしょうが、是非とも蕎麦教室を再会していただけないでしょうか。

口八丁手無しのアッシー君から勝手なお願いです。
 

モーリス家の・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 6月 5日(火)07時46分42秒
返信・引用
   ファミリーそば打ちとはいいですね。素人のそば打ちは「楽しければ良し」としたいと思います。とかく上手く打ちたい気持ちがはやりますが、そば好きはやはりそばを楽しむことに徹したいものです。

 そば打ちの力はなかなか身につきませんが、多少なりとも打てるようになれば楽しみを分かち合いたいものです。わたしは「まだまだ、上手く打てるようになりたい一心」が勝ち、そば好きを楽しませようとの視点が欠けていたと思っています。

 モーリス家のそばイベントから、笑い声や楽しい会話が伝わってくるようです。
 

それなりに・・・

 投稿者:モーリス  投稿日:2018年 6月 3日(日)11時24分55秒
返信・引用
  先月末、ファミリーそば打ち(5/27)を行いました。年に3~4回ですが都合の良い時期に身内だけで行なっております。
久し振りに、特選800g カメリア200g 加水460ccで余り7cc で打ちました。
切りの工程で、切り揃えを気にしすぎたのか、バラつきが生じてこま板の押さえに力が入ることから、麺たいが斜めになり最後まで引きずってしまいました。
久しく打っていないためか腕が完全に鈍っているのが良く分かりました。
良くも悪くもそれなりに出来上がった手打ち蕎麦で食卓を囲みながら過ごしました。
掲示板の投稿も久しぶりですが、からまつそば打ち道場の発展も兼ねて、練習の機会が有れば賛同致します。先生も「疲れの出ませんように」。
 

そば打ちに精を出したい・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 6月 2日(土)07時25分12秒
返信・引用 編集済
   そば打ちを始めて16年目、今年ほどそばを打てていない年はない。「そば打ち会をお願いしたい・・・・」との依頼もあったが、口実を設けてお断りしてきた。

 そば打ちにとりつかれ「走りに走ってきたところ」があるが、それはそれで満足している。ただ「技術の蓄積はできない」と言われる。時間の空いたそば打ちがどのようなものになるか打って見ないと分からない。

 

御礼

 投稿者:小島  投稿日:2018年 5月31日(木)07時33分59秒
返信・引用 編集済
   過日の、妻の通夜式並びに告別式にお忙しい中をご出席賜り厚く御礼申し上げます。長い人工透析生活の疲れのために、わたしの連れ出す買い物や透析のお仲間はともかく「同窓会を初めお顔を会わせる集まり」にはめったに出ることはありませんでしたが、からまつ山の会や女性そば打ち会の皆さんのお名前はすべて存知上げ、どのような生活をされているのかまでお一人お一人を「熟知」しているようでありました。皆さんを自分のお仲間のように思っていたと思います。そうした方々が、両日に亘りご参列いただいてさぞや泉下で喜んでいることと思います。
 透析病院通いや入退院の繰り返しの生活で、精神も肉体も72才がまさに天の定める寿命だったと思えてなりません。今日まで何かとお気遣いをいただき有り難うございました。一人暮らしになってみますと、予想もしない寂しさや思いがこみ上げてまいりますが、何とか乗り切って行きたいと思っています。今後とも変わらぬお付き合いご支援を賜りますようお願い申し上げます。有り難うございました。小島敏夫
 

自己満足の・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 5月 1日(火)08時24分39秒
返信・引用
   先週末、11年ぶりに会う知人女性の「女性だけの会」に招かれた。もう、「60才をいくつか越えた歳になりました」と言う。以前に逢ったときはもっと楽しげな話題が多かったが、もう「介護や健康」のことで終始したも楽しい時間を過ごせた。

 なかの一人が「いつでしたか、招いていただいたときにいただいたざるそばは本当に美味しかった」、と言ってもらえたときは深刻な話題ばかりだった皆の表情もちょっぴり和やかなものになった。
 やって来てくれる人達に「ざるそば」を食べてもらうにはかなりの準備も必要ななのだが、それだけにいくつ何十になっても喜んでもらえると素直に「嬉しい」。

 そば打ちは一人でも楽しめる「格好の遊び」かも知れない。いよいよそば打ちも汗ばむ季節になってきた。それでも打ち立てを「ざるそば」で食べる時の楽しみは格別に思う。

 

蕎麦の収穫量・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 4月27日(金)08時27分45秒
返信・引用
   昨年度の蕎麦の収穫量(3.4万トン)は台風被害の一昨年度(2.9万トン)に比べてかなり回復したらしい。政府の目標は平成37年度の5.3万トンだからまだまだの数値だが、北海道の作付け面積の増加にかかっているようだ。

 昼時に梅田へ出るときは決まって「ざるそば」を食べるが、その少なさに驚く。国産そばならそんなものかも知れないが、産地表示の無いものなら外国産かも知れないと思うとやはり「量の割には値段が高い」。機械打ちだから、手間のかからないはずだと思う。

 美味しく仕上げるには機械打ちでも加水・ねりを手であとは平たくして機械打ちにするとすべてが手打ちと変わらない味になるらしい。(手もみ機会落としと呼ぶとか)蕎麦粉の値段は豊作であっても、凶作の際の高値のままだから「米」などとは違って、右肩上がりのまま推移する。「蕎麦粉の値段の怪」とも言われる。いまどき流通の不透明?な感じがしないでもない。
 

念ずれば通ず・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 4月25日(水)09時14分0秒
返信・引用 編集済
   先日、家人の友人が二人来られた。お一人は3年ほど前に、もうお一人は30年ぶりの再会だったとか。そばを食べていただくつもりで、早起きして蕎麦打ち台に向かった。蕎麦粉粉が800gに少し多く残っていたので、そのつもりで加水をしたら多かったようで柔らかくなってしまった、

 いいかげんな感覚で打ったら失敗すると思いつつ、やや横着になったしまった。いい加減は「良い加減」ではない見本みたいになった。

 ふれあいサロンのボランテイ仲間に奥伝の免許を持つ詩吟の達者な人がいて、詩吟もいつも体調を整えていないと、上手く声が出ないらしい。発表会では体調を整えた上に「うまくいくように念じる気持ちになるとか・・・」。そう言えば、母は生家の庭に植えた花々に「きれいな花を咲いて楽しませてください」などと言っていた。子どもの頃、そんな姿を見て「笑っていたが」、今に思えば、何事も念ずれば通ずの心境になってしまう。
 

一極集中・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 4月20日(金)07時22分35秒
返信・引用 編集済
   かつて、そば専門誌で「物議」をかもしたことがあった。それは関西の読者から「東京や東京近郊以外の蕎麦屋やそば事情をもっと載せて欲しい」との投稿だった。その編集者はまるで「相手にしない」態度の返答ぶりに感じた。

 最近の専門誌はますますその傾向が強い。発行部数も少なく、地方の取材まですれば採算が合わないのかも知れない・・・と勘ぐってしまう。東京へ行くことも無いものには、東京の蕎麦屋をずらりと紹介されてもと思う。裏を返せば、関西に力が無いことになる。かつては関西発の「関西蕎麦屋百名店」などの大いに参考になる「本」も出版されたが、最近はまるで無い。

 さて、これから「ざるそば」が美味しい季節になる。蕎麦粉の管理が難しいが、小分けして冷蔵庫に保管するしかない。今年のように気温が変則的になると、いっそう難しい。

 茶そば

 
 

そば前ビール・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 4月15日(日)10時13分51秒
返信・引用
   旅をしての「そば」の想い出は、そばを食べる前に「ビール」を飲むことでそばの味をあまりおぼえていないことが多い。その理由の一つに「注文したざるそば」がなかなか出てこないせいでもある。八ヶ岳山麓の有名な蕎麦屋や山の会で行った霧島連山の麓の蕎麦屋、それに月山登山の帰りに寄った蕎麦屋でも「そばが出てくるのにかなり時間がかかり」、ビールを一本また一本と注文して、そばを食べる頃には「もう酔いが回って」しまっていた。

 一人旅の際は、体調に用心をして生ビールを一杯位にし「そば」が出てくるのを気長に待つことが多いので、盛りつけやそばの色、香りなどもおぼえていて、「また行って見たい!」と思うところもいくつかある。

 最近はそばの世界も東京色が濃く、関西でもそばを食べる前のアテを「そば前」とかそばを食べることを「手繰る(たぐる)」などと言う人も出てきた。その点、京都は決して?そんな言い方をしない?と思う。京都人の矜持はそうあって欲しい。

 その「そば前」に梁越しそばが紹介されていた。そば粉の団子を焼いて食べる・・・これが美味とかで、同じ黒ビールも麦芽の殻皮を焼いた色と香ばし味で、そこで「そば前に梁越しそばに黒ビール」は絶好の組み合わせではないか・・と書かれていた。その肝腎の梁越しそばを提供する店はほとんど無いらしい。
 

ビンボウ旅行のススメ・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 4月13日(金)08時30分5秒
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   若い頃の「登山への旅」はいつも「費用ぎりぎり」の旅だった。それでも仲間といるだけで楽しかった。その土地の「名物料理」などは食べた記憶もない。先日、古い山仲間が集まった際もその話で持ちきりだった。我々の山の会の登山は昭和30年代~40年代の半ばくらいまでがピークで、その先はそれぞれが仕事や家庭の忙しいまっただ中に突入し、もう「登山どころ」でも無くなった。
 夜行列車で目的の駅にたどり着くと、「駅そば」をかき込み、そそくさと登山口へとバスに乗り込んだものだった。その「駅そば」も関東以北では黒い汁のそばに「ネギが少し天かす」が浮かんでいる程度のものだった。ところが、今の駅そばはびっくりするくらいの「豪華版」のものもあるらしい。その特集が専門誌に載っている。「駅そば」も豊かな時代の豊かな食物になった。

 若い頃は誰でも夢多い。一流旅館に宿泊しとびきり美味しい料理を食べ、ゆったりと旅を楽しむのは・・・ずっと先でいつでもできると思っていて、重いザックを担いでその一流旅館前を通ってテント場に急ぐときも「うらやましい」と思ったことはない。ビンボウ旅行こそが「得がたい経験」のように思っていた。今、思えば正解だった気がする。あの空腹を満たすために「駅そば」を食べたからこそ、そばの味が分かる気がする。スマホもない時代は長距離電話を申し込むと1時間ほどして「やっとつながる」経験が、何にでも耐えられる今日のように思う。

季刊「45号蕎麦春秋」より

  
 

貴重なそば粉は・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 4月11日(水)07時48分35秒
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   宅配料金の値上げや蕎麦粉そのものの値上げなどで蕎麦粉が貴重品になってきた。「そば粉は大切です、打ったすべてを食べなさい」と認定会ではたびたび聞かされたが、ヘタなそばを打って多く出る「端切れ」などは捨てていたものだが、「そんなことはできないな・・・」とつくづく思う。
 最新号の『蕎麦春秋」に端切れを美味しく食べるレシピを載せていた。ちょっとお借りすると・・・。

 豆腐・大根・長ネギ みそなどを使ってそばの端切れを炊き込んだもののようだ。(2018年 蕎麦春秋春号から)
 

清水へ~

 投稿者:小島  投稿日:2018年 4月 9日(月)21時41分31秒
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  祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢う人 みな美しき(与謝野晶子)

 男女を問わず夜目には誰もがこんな風に写るのかも知れない。京都の「桜」を愛でる思いは特別なものがある。華麗と風雅さにさらに「艶っぽさ」が備わっている。それは古風な街並みに京ことばが加わるからに違いない。それをNHKのTVドラマ「京都人の密かな楽しみ」が上手く表している。京都には京都に忠誠を誓った人以外には分からない、密かな楽しみがあるようだ。

 毎年京都の春を楽しむようになって10数年経つが、今年は行けなかった。まだ春は盛りだが「桜」はもう終わってしまっている。大層に言えば断腸の思いだ。近くの公園の葉桜を眺めておくことにしよう・・・。
 

ほどよい距離・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 4月 9日(月)08時23分9秒
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   最近読んだ本に、我が意を得た思いになったのがあった。
 引用させてもらうと・・・
「ほどよく距離があるとき、人は不思議とやさしくなれるものです。誰かとかかわるとき、その対象との距離感をはかりながら、もっと近づきたいと押しすぎたり、自分なんてと引きすぎたり・・・そのときどきで誰かとちょうどよい距離を見つける作業の連続です。人生を長い期間生きたらもっとも心地いい距離を見つけられる人間でいたいのです・・・それが成熟した大人のイメージです」
「それは自分の夫や妻、子どもや、嫁、婿に対して、そしてご近所さんや、長年の友人に対しても。自分が思っているよりもう半歩だけ、ちょっと距離をおいてみると、いつもより少し、やさしい自分になれるような気がするのです。近すぎる糸はもつれます」
「ほどよく距離を置きなさい 弁護士湯川久子(サンマーク出版)」から。

 ボランテイア活動などをしているとそれをいつも感じる。活動に距離を上手に保てる人ほど長続きし、近づきすぎる人は続かない。昔からの「つかず離れず」とはよくいったものだと思う。
 

桜・桜・桜・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 4月 2日(月)08時21分40秒
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   二十代の頃は通うように毎週六甲山に登っていた。桜の頃には当時住んでいた阪急服部駅から宝塚線の普通電車に乗ると早朝から大勢の花見客でいつも混んでいた。そして石橋駅や池田駅へ下りていった。

 そんな中、桜のシーズンを過ぎても電車の2両目のドア付近にいつも「グレイの制服姿の宝塚音楽学校の生徒」が一人乗っているのに気づいた。未だ、16,7才くらいだろうか、座席は空いていても立ったままの姿勢をくずさず、しっかり前を向き「気品も有り、何かを目指す視線を・・・」を感じさせた。宝塚駅で降りると、軽快ながらしっかりした足どりで音楽学校の方へ歩いて行った。こちらは「惣ヶ谷」へ歩いて行くか、バスで蓬莱峡へ行くかの登山だったが、その「音学校生」に会うと登山への気持ちにも張りができた。タカラジェンヌは数多く見かけたが、その一年生らしい「音楽生」に会ったのは春から夏の十数回くらいだっただろうか、もう・・・五十年も前のことだが、この時期になると今も思い出す。

 今年の桜はみごとだ。花見だけが目的では出掛けなかった。近くの公園や川の土手の桜並木に何回も見とれた。この数年に友人や知人と出掛けた「夙川や池田、服部緑地や京都・・・」の桜もみごとだった。若い頃はあの花見の喧噪が好きになれなくて、登山中に見るぽつぽつ咲く遠景のヤマザクラに春を感じたものだったが、歳相応の桜好きになった。
 

悲しく寂しい永遠の別れ・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 3月27日(火)20時59分5秒
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  一昨日、T子さんの告別式に参列した。
 2008年からそば打ちに通ってこられ、2009年に初段にそして2010年には2段位を取得された。以来、恐らく100回以上は通い続けられただろう。明るく、そば打ちのあとの昼食の際の話題も豊富で笑顔が絶えなかった。そんなT子さんも病魔に冒されていることが分かり、それでも臆することなくそば打ちに通ってこられた。
 そして、ついにその病魔に倒れられた。残念としか言いようが無い。お二人のお子さんと幾人かのお孫さんに囲まれ、これから楽しい人生を送られるはずたっただろう。天の定めた寿命は短かすぎた・・・・・。

あ~悲しいかな・・ご冥福をお祈りするのみ!
 

若ごぼう・・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 3月20日(火)08時16分4秒
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   昨日、八尾の若ごぼうをいただいた。
 葉から根まですべて食べられる。下処理が必要だがいろんな調理法もあり、春先にはもってこいの食材でもある。毎年、この時季にいただいているので調理の仕方も慣れてきた。申し訳程度についているひげだらけの根っこはひげをとって、きんぴらに、長い茎はそれだけで煮ても美味しいが、豚バラと合わせて煮るといっそう美味しい。葉のアク抜きは重曹を使ったが、砂糖を使うと、もっとカンタンにアク抜きができるらしい(クックパッドから)

 今冬は野菜の価格が高騰した。どうやらそれも落ち着いてきたようだ。若ごぼうはブランド野菜だが季節感が味わえる食感はさすがだ。


 

めんどうからずに・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 3月19日(月)07時42分26秒
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   蕎麦粉・打ち粉・つなぎ・・・とそろえて蕎麦を打つ。これは案外面倒ではある。粉類はそれぞれに賞味期限が有り、蕎麦粉は新しい(挽きたて)ほど打ちやすく、香り高く食べても美味しい。それに道具類も手入れは怠れない。

 毎日の料理も食材を買いそろえる面倒くささはあるが、大仰に言えば生きていくために食べなければならない必須の要素がある。「そば」はそんなものではない。あくまで趣味の範囲にある。趣味は好きだから「面倒くささも」いとわずできる。

 昨日も「そば打ち」をしたが今年はやっと4回目、例年なら10回は打っていた。今年の冬は例年以上に寒く、体調を伺いながらのそば打ちでは「打つそのもの」が面白くない。急に春めいて、身体の動きも少しは軽やかになってきた。

 蕎麦粉(北海道産)特選800g・・・賞味期限まであと半月のもの。つなぎ(カメリア)200g 加水量460cc 打ち粉に打ち残しの「白菊」を使った。茹でて、食べてみると「ざるそば」では??との感じだった。
 

日暮れても楽し・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 3月12日(月)07時15分33秒
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   今年の冬はことの外、寒かった。気温や湿度で体調が変わるとはよく言われるがその通りに思う。以前は寒い朝のそば打ちでも「手先に伝わる蕎麦粉の冷たさ」は感じたものの、近頃はふくらはぎや腰にもひびく。「内科医にはムリをしないように・・・・」との忠告を受けるが、蕎麦を打ちたい衝動の方が強い。

 昨日、浜松から遠来の客がきた。もう何年も会っていないが、白髪になっていた以外は変わらぬ笑顔だった。男性は加齢と共に「笑顔が消える」と書いた本があった。そう言えば通い慣れた福祉会館などで会う見知った人でも「笑顔」で挨拶をする人はほとんどない。
 遠来の客は身体の「あちこちにガタがきたと言いつつも・・・」夫婦とも収終始笑顔だった。

 2時間ほどで帰って行ったが、何かしら「(人徳を感じた)得をしたような一日だった」。
 

練習がすべて・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 3月11日(日)17時49分23秒
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   オリンピックのカーリングを見ていると、誰にでもできそうに見える。ところが北見のチームは大人のゲームを見ながらこどもの頃から始めたらしい。芸事は6才の6月6日から始めると上達すると言われている。6月6日はともかく、芸事のすべては幼いときから始めないと上達は望めないのは分かる気がする。

 わたしのように60才を越えて始めたそば打ちなどは「上達」はとても叶わないはずだ。そうなれば、好きな蕎麦、そば打ちならば打ち続けるしかない。

 7日(水)は女性そば打ち日、もう10年のキャリアを持つ方ばかり、よくぞ続けてこられたと思う。
 

100才まで・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 2月26日(月)16時08分55秒
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   先日、2年ぶりに7人いた同年の山仲間が5人集まった。一人は10年ほど前に、もう一人は一昨年に亡くなった。話が進むうちに「自動車運転免許証」の話におよんだ。こちらは更新時に家族の強い反対もあって昨年8月に「返納」し、当座は不便この上なかったが、今はもう慣れた。
 なかの一人は娘に「いつまで運転するの?」と問われ、「100才までするつもり・・・」と答えて「呆れられた」という。

 その友人は「40才のときに苦労して取り、生涯とても手放す気がしない」とのこと・・・意気込みや「良し」に思った。そして、その時ふと「そば打ち」を思い浮かべた。そば打ちも「苦労を伴う」ことに変わりはない。体調不良であっても、思い通りに打てなくても、苦労して手に入れた「技術には変わりはない」。友人の言ではないが、100才まで打っていたい。そんな気がする。
 

好きこそ・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 2月23日(金)17時38分52秒
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   草花は正直者だ。季節がめぐってくるとつぼみができ開花する。Y君宅の梅も開花が間近らしい。やがて桜が咲き楽しませてくれる。
 それにしても、今年の冬は寒さが堪えた。年相応の身体のガタは自覚しないでもなかったが、それが一つづつ襲ってくるのなら「撃破」もできたろうが、一挙に集団でやってこられると多勢に無勢・・・・ねじ伏せられた。それでも嬉しいことにようやく復調の兆しが見えてきた。

 オリンピックを見ていると「好きで始めた」人達は意志の強さと、努力が結びついて「好成績」を残しているように思う。

 2月に入って、三回ほどそば打ちをした。蕎麦を食べたい一心もだが、それ以上に打ちたい気持ちがはやった。
 

そば打ちの技量は・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 2月 1日(木)08時35分11秒
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   そば打ちはどこまでいっても、うまく打てるわけではないと言われる。それは、打つ数に比例して上手くはなるが、「我流」になり同じ失敗を繰り返すことになる。プロなら先輩のワザを盗めるが、素人はいつの場合もアドバイスは必要に思う。
 得てして「少し打てるようになる」とアドバイスの効き目のない場合もある。7,8年ほど前、知人の紹介で「かなり達者な打ち手」がこられた。打ち終わって2,3アドバイスをさせてもらったら、それっきり来られなくなった。

 
 

この寒さの中で・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 1月26日(金)10時07分12秒
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   「ふれあいサロン」にくる方はほとんど高齢の女性、男性はほとんど来ない。テーブル・イスの準備と片付け、そして受け付け係の我々男性4人は、部屋の外の暖房が効かない場所で午後1時から4時までの3時間を過ごすことになる。今年のようにきびしい寒さでも、音をあげず、誰も休まない。これも「必要とされる立場にある」ことの自覚があるからかも知れない。部屋からは「大きな笑い声」が聞こえ、屈託のない雰囲気のようだ。

 23日、大阪市内のある団体の新年会に出席した。年々、会員が減り出席者も30人ほど、かつてはホテルの大広間で100人以上も参加者があったのが、つい12、3年前だった。さしたる目的のない集まりは意味が無いと思われているからかも知れない。

 目的をもって行動する会(集まり)は、高齢になっても活動は活発だ。地区にある「独居老人(高齢者)の会」は、サポートの人達も多く、月一回の行事も賑わう。我々の会も、もって瞑すべし・・・今年もしっかりそば打ちに励みたい。






 
 

料理は?

 投稿者:小島  投稿日:2018年 1月24日(水)08時21分50秒
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   医師はいつも「サプリメントよりもバランスの良い食事をとってください」とおっしゃる。
「難しい・・・」よりも食材を揃えるのがたいへんだ。出掛けたついでにあれこれと買って帰ることにしているが、さてその料理となると「作らねばの義務感と、毎日のこととなる面倒くささと、医師の言葉」が交錯して意欲がそがれるときもある。
 バラエテイに富む和食でも食材ごとの料理パターンはほぼ決まっているように思うが、料理人と違って毎回同じものを作るわけでもないから、ひと品づつの調味料の加減はおぼえきれない。そこで、「料理本」や「TVの料理番組」のメモの出番になるが、それを参考にしながらの調理は案外面倒だ。

 先日、介護食の見学会に参加したが「食べる意欲が湧かない気がしたのはなぜ?」と思ってしまった。施設の食堂はレストラン風で景色も良し介護担当の方々も親切なのだが、楽しみの一つが「食事」の入所者は「さて、どうなんだろうか・・・」と考えさせられた。
 

大吉・・・

 投稿者:小島  投稿日:2018年 1月21日(日)08時21分25秒
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   友人のメールの中に、清荒神への初詣でおみくじを引いたら「大吉だった」とあった。慶賀に絶えない。おみくじはこの先一年の指針とするものらしいが、吉の続くことを祈念したい。

 「首の牽引」へ週に二回ほど整形クリニックに通っているが、晴天の際は「稲荷神社参拝」へ遠回りをして帰ることにしている。駅近くに有りながらふだんは閑散としていて静かにお参りするには好都合である。

 人智のおよばない「崇敬の対象」に手を合わせることなど、多くは無い。大吉を引き当てた友人もそんな思いに駆られた参拝だったのかも知れない。同慶の至りである。




 
 

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