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ユキポン通信30

 投稿者:ユキポン  投稿日:2008年 4月26日(土)21時19分39秒
  成蹊大学鉄研OB及び現役の皆さんお元気ですか。もうすぐGWですね。新社会人は勤め始めてから最初の大型連休ですね。私が勤め始めてからの最初のGWは、後輩のS君を誘って白馬・大町へ行きました。古い地図によると、大町には高瀬川沿いに発電所用軌道が記されていたので訪ねてみたのですが、残念ながら台風で既に流されてしまったとのことで川の中のそこここに曲がった細いレールが見られるだけでした。私は当時ナローの軌道と言えば「木曽森林鉄道」しか知らなかったのですが、この時初めて木曽以外にもナローがある(あった)ことを知りその後各地の軌道を訪ねる様になったのです。さて、今月はターンテーブルの作成もいよいよ熱を帯びてきました。先日知人に旋盤で回転桁両端に取り付ける7mmの車輪を造ってもらったのでその取り付けを行いました。車輪の軸孔が1.2mmなので専用の治具を造り、動かないように固定し、0.6mm厚の真鍮版の軸受けに慎重に孔を明けました。結果は上々です。シャフト代わりの1.2mmの真鍮釘で車輪を取り付けたのですが、見事に水平が出てピットの円形レールに置いてもかたかたしません。今後はストッパーの作成です。ストッパーは磁石のSS又はNNの反発を利用し、円柱形の永久磁石をシリコンチューブで接続した真鍮棒を電磁石のN・Sを切り替えることにより出し入れするものです。既にネットで磁石を注文し間もなく届く予定です。真鍮棒や電磁石を取り付ける軸受けはアルミのアングルやチャンネルを利用し、前述とは別の知人にボール盤を借りて何個も造りました。一応10線まで設置できるように材料は手当てしました。今私が所有している機関車はDLも含めて7両。その他まだ手付かずのC62キット、まあ10線あれば一生使えるでしょう。早くストッパーの試作品を造って試運転をしてみたいものです。では皆さん良いGWを。  

ユキポン通信29

 投稿者:ユキポン  投稿日:2008年 3月27日(木)21時55分11秒
  成蹊大学鉄研OB及び現役の皆さんお元気ですか。すっかり温かくなって近所の桜も7分咲きというところで正に春本番ですね。さて、そんな中、3月2日に真岡鉄道のSL列車に乗りに行きました。当日は「C11325」が3両の客車を牽いて運行されており、始発の下館から終点の茂木まで往復ともSL列車に乗りました。大井川鉄道のSL列車は電気機関車の補機付ですが、真岡鉄道ではC11単機で客車を牽いております。久々に石炭の燃える匂いやSLのブラスト音に接し、充分SLを満喫できました。当鉄道は国鉄時代に終点の茂木から先に線路延長の計画があったようで、築堤が延びているのが確認されました。ところでC11形機関車は私の好きな機関車の1つです。私が4歳から18歳までを過ごした福岡の家の近所を、今は部分廃線となった国鉄筑肥線が通っておりました。子供の時は線路の脇の畦道で土筆を摘んだりザリガニを釣ったりして遊んだものです。そして時々脇を通るSL牽引の貨物列車や、気動車を眺めるのも楽しいものでした。当時は機関車の形式も分からずただ眺めているだけでしたが、後で当時の写真を見て筑肥線を走っていた機関車はC11だったと分かりました。ただ気動車の窓はなぜバス(所謂バス窓)のような形なのか疑問を持ったのを覚えております。私が高校生になった頃も貨物列車はC11牽引で、朝夕1往復の旅客列車をC11が牽いていました。私は高校3年の頃、朝3時に起きて受験勉強をしていました。始めた頃早起きの苦手な私にはとても長続きはしないと思っていましたが、意外にも受験直前まで続きました。理由は朝4時15分に家から最短の西新駅を発着するC11牽引の貨物列車の音を聞くのが楽しみだったからです。C11は途中の駅々で貨車を拾いながら進んでいるらしく、夜明け前の冷気の中、ブレーキ音、連結器のぶつかる音、そして短笛など耳を澄ましていると聞こえてきました。C11に関する想い出はもっとありますがそれはまたの機会にするとし、そんな訳でC11は非常に愛着のある機関車です。我が家のHOのC11も近頃走らせていないのでそろそろ走らせてやらなくてはと思います。卒業生はこれから社会人ですね。でも環境が変わってもいつまでも鉄道を忘れずに。では皆さんお元気で。  

ユキポン通信28

 投稿者:ユキポン  投稿日:2008年 2月24日(日)23時35分49秒
  成蹊大学鉄研OB及び現役の皆さんお元気ですか。ここのところすっかり春めいてきましたね。4年生はいよいよ卒業ですね。私も37年前を思い出します。大学の卒業というのは、小、中、高と違い、これからは社会人になるということで特別の感慨があります。さて、そんな中、私は相も変わらず鉄道三昧です。今は正月休みから開始した「キハ07」の作成もいよいよ大詰めを向かえております。車体の組み立てもほぼ終え、これからはキットに付属していない室内のシート等を作成する予定です。キハ07とは鉄道マニアなら知っているとは思いますが、昭和10年から製造された機械式の気動車です。実は私は1度だけキハ07に乗ったことがあります。それは昭和39年夏、高校の「郷土研究会」の夏合宿に参加させてもらい、今は廃線となった大分県の国鉄(当時)宮原(みやのはる)線に乗った時です。その時に乗車した車両が「キハ07」でした。始発の「恵良」から終点の「肥後小国」まで乗車しました。運転士はバスの様にギアチェンジしながら運転していたのと、古い割には意外と俊足だなと思ったのが印象に残っております。途中の駅で「D60」の牽く貨物列車と交換したのを覚えております。その時からいつかはこの車両を何時かは自分のコレクションに加えたいとの希望があり、ようやくその夢がかないつつあります。宮原線を走っていたキハ07は、現在門司の九州鉄道記念館に保存されており、数年前に訪ねた時模型作りの為にと何枚も写真を撮っておいたのが今役立っております。宮原線は戦時中の工事で、コンクリート橋に資材不足で鉄筋が使えず、代わりに竹を使った所謂「竹筋コンクリート」であったといわれております。また、終点の「肥後小国駅」から先には線路が数百m伸びており、当時路線を延長する計画でもあるのかなと思ったのですが、熊本県の菊池と結ぶ計画があったことを後で知りました。でもその夢も叶わず廃線となってしまったのはとても惜しまれます。これから社会人となる人もいつまでも夢をあきらめずに生きて下さい。社会人になると学生時代とは自由になる時間も少なく、家庭を持てば自由になる金も少なくなります。でも夢を持ち続ければいつかきっと叶うものです。では皆さんお元気で。  

ユキポン通信27

 投稿者:ユキポン  投稿日:2008年 1月27日(日)20時06分59秒
  成蹊大学鉄研OB及び現役の皆さんお元気ですか。遅ればせながら明けましておめでとうございます。今年も多いに鉄ちゃんしましょう。皆さんお正月休みは如何お過ごしでしたか。私は例年どおり新幹線で郷里の福岡に帰省したのですが、京都で途中下車して、京都といえばもうお分かりですね。そうです「梅小路蒸気機関車館」に行きました。私は梅小路へは初めての訪問です。当日火が入れられていたSLは「C622」でした。500m程度のほぼ直線のコースをオープンの客車を牽いて往復運転をしています。もちろん乗りました。運転はゆっくりで、音や煙は楽しめませんでしたが、懐かしい石炭の燃える匂いは楽しめたし、何といっても生きたSLを目の当たりにしたのが大きな感動でした。その後扇形庫内の機関車のキャブに乗ったり、写真を撮ったりして梅小路を後にしました。休み中は昨年10月に購入した「キハ07」のキットや道具等を持参して、専ら模型作成に励んでいました。休み中は車体を組みましたが、真鍮板の屋根とロストのおでこを段差無くぴったりに組み上げるのが難しかったです。車体におでこを粘着テープで固定し裏からハンダをたっぷり流して固定し、表からも接合部の溝にハンダを流してヤスリで仕上げると案外うまくいきました。休み明けもぼちぼち進めており、雨樋、ヘッダーを取り付け、今日はシルを取り付けました。ブラスモデルの作成は以前組んだ「8620」が初めてでしたが、1度経験すると随分違うものです。以前は部品1つハンダ付けするにも大袈裟な治具を作ったものですが、今回は割合簡単な固定方法でも正確に組めることが分かりました。この調子で早く完成させて、今滞っているターンテーブルの作成に取り掛かりたいものです。その後は昨年9月に購入した「C62」が待っています。ターンテーブルは何とか今年中に完成させ、C62は50%位は組み上げたいと思います。今は仕事もそこそこ忙しく、模型作りも忙しい毎日ですが、やることが沢山あるというのは幸せなことです。今が寒さも本番、お互い風邪をひかぬよう毎日生き生きと楽しく過ごしましょう。ではまたお会いしましょう。  

ユキポン通信26

 投稿者:ユキポン  投稿日:2007年12月26日(水)23時30分53秒
  成蹊大学鉄研OB及び現役の皆さんお元気ですか。今年も残りわずかになりましたが如何お過ごしですか。今年はどんな年でしたか。私は公私ともまずまずの年でしたが、8月に手首を亀裂骨折し、また、現在五十肩に悩んでおり、健康面ではいまひとつでした。さて、そんな中12/5には鉄道博物館へ行きました。博物館の内容については新聞等でご存知と思いますので省略しますが、特筆すべきはSL運転シュミレーターです。当日は平日のためそれ程混雑しておらず、念願の同シュミレーターを体験することができました。運転時間は予約制で、予約時間前に受付に行くと運転方法のビデオを見せられます。そしていよいよ運転です。運転中は後ろに教官がつき色々と指導してくれます。まず、逆転ハンドルを前進フルに合わせ、ブレーキを解除して加減弁ハンドルを徐々に引きます。すると眼前の景色が自分のほうに進んで来ます。教官が「ドレンを切って」と言うのでレバーを動かすと下の方でシューシューと音がします。スピードが上がるにしたがい逆転ハンドルを回し、目盛を20か30に合わせます。運転中は景色が動くだけでなく実物同様にゆれ、スピードに応じてブラスト音が聞こえます。やがて持時間が無くなると教官が「ブレーキを掛けて」と言うのでブレーキを掛けましたが、どのくらいレバーを回せばどれくらいブレーキが掛かるのかがつかめず、なんとなく止まるという感じでした。実際の運転時間は10分くらいでしたが、無我夢中であっというまでした。でも夢のような10分間でした。まだ博物館に行ってない人はぜひ行ってみるべきです。それも平日に、仕事を休んでも行くべきです。そしてSL運転シュミレーターを体験すべきです。楽しいこと間違いありません。では皆さん来年も良い年でありますように。さようなら  

ユキポン通信25

 投稿者:ユキポン  投稿日:2007年11月23日(金)23時30分5秒
  成蹊大学鉄研OB及び現役の皆さんお元気ですか。只今欅祭真っ盛りですね。しばらく大学へは行っておりませんが、我が鉄研はどうなっているのでしょうか。毎年今頃になると徹夜で展示室にレイアウトを組んだことを思い出します。さて、今月は11/3・4長野県王滝村で開催された「木曽森林鉄道フェスティバル」に行きました。同フェスティバルは今年で3回目ですが、全て天気は快晴です。1日目は主会場の松原運動公園に敷かれているレール上を往復する林鉄車両に乗ったり、「木曽モジュールクラブ」による林鉄のモジュールレイアウトや写真の展示を見たりして過ごしました。夕方からは森林鉄道研究家の「西裕之先生」の興味ある講演を聞くことが出来ました。その日はたまたま「木曽モジュールクラブ」のメンバーや「西先生」と同宿で、夜は宴会に加えてもらい大盛り上がり。1人で参加していた私には予想外に楽しい1日でした。2日目は自転車で王滝村の最奥の集落「滝越」を経由して長野と岐阜の県境に位置する「白巣峠」までサイクリング。白巣峠への林道は木曽森林鉄道晩年の頃、支線である「白川線」の併用軌道になっており、何か軌道の痕跡は無いものかと探索したのですが、林道は全て舗装されて何も発見できませんでした。その後会場に戻り、2日目は127个竜案擦敷かれてSLやバテロコが運転されていたので、それに乗ったり、林鉄に乗ったり、模型を見たりで楽しい2日間を過ごしました。鉄道って本当に楽しいですね。今日は先日購入した「キハ07」の部品の切抜きをしました。本日着工というところでしょうか。ターンテーブルは回転桁を作成中ですが、手作業の悲しさか4隅に車輪を付けたところ、水平にならずカタカタしてしまい失敗です。イメージに合う車輪、又は代用品があればうまくいくと思いますので、近々部品探しツアーに行く予定です。今年も残すところ1ヶ月余りとなりました。正月休みも多いに鉄ちゃんしましょう。ではまた  

ユキポン通信24

 投稿者:ユキポン  投稿日:2007年10月28日(日)20時22分19秒
  成蹊大学鉄研OB及び現役の皆さんお元気ですか。いよいよ秋も深まってきましたね。早いもので、ユキポン通信も24号を数えました。これからも益々鉄ちゃんして少しでも皆さんの鉄への情熱をかき立てることができればと思います。さて、今月は色々ありました。先ず10/7
〜10「北斗星号」に乗って北海道へ行きました。道内ではレンタカーを借り、美唄・三笠・夕張を廻りました。美唄では美唄鉄道廃線跡を訪ね、旧東明駅跡に静態保存してある「4110形SL」を
見ました。同機は私の最も好きな機関車で、模型も所有しております。模型では第3動輪がフランジレスになっておりますが、実物では全ての動輪にフランジがありました。三笠では三笠鉄道村へ行き、同村内の保存線上を往復運転している旧鉄原コークスのSLの牽く貨車改造の客車に乗りました。夕張では旧大夕張駅跡に静態保存されている客車やラッセル車、シューパロ湖に架かる三弦橋、夕張鉄道廃線跡、石炭記念館を廻りました。まだまだ行きたい所はあるのですが、時間の都合で北海道を後にしました。できれば定年後、1年間限定で北海道に住んで方々の鉄道縁の地を訪ねて見たいものです。続いて今日10/28は鉄道模型ショウに行きました。会場には持ち込み車両運転コーナーがあり、大きなレイアウトが設置されています。私は今年1月に完成した「8620」を持ち込み、ダブルルーフの客車6両を従えて衆目の中堂々の走りを見せました。また、かねてから欲しかったフクシマの「キハ07」のキットを買いました。ターンテーブルの完成の見込みも立たないのに、C62やキハ07のキットを買ってしまい、何時になれば全て出来上がるのでしょうか(^^;)。でも焦らずにこつこつ進めていけば何時かは出来るものです。要は停滞しないことです。少しずつでも進んでいれば、ふと後ろを振り返った時驚くほど進んでいる事に気が付くことでしょう。秋の夜長は鉄道模型に最適です。皆さんも多いに模型に励みましょう。ではまたお会いしましょう。
 

ユキポン通信23

 投稿者:ユキポン  投稿日:2007年 9月24日(月)20時12分29秒
  成蹊大学鉄研OB及び現役の皆さんお元気ですか。鉄ちゃんしてますか。暑さ寒さも彼岸まで。昨日、今日は少し涼しくなりました。これからは徐々に秋らしくなっていくことでしょう。さてそんな中、手の怪我もほぼ癒えましたので、9/16軽便鉄道模型祭に行きました。同祭は今年で3回目で、私は去年から参加しております。会場には木曽森林鉄道を模したレイアウトと、沼尻鉄道を模したレイアウトがあり、夫々かわいい車両が動いておりました。その他模型メーカーによる展示・販売ブースがありました。中でも興味を引いたのは木曽森林鉄道最奥の三浦(みうれ)湖畔をイメージしたモジュールでした。私は16年前木曽から三浦湖畔を通り鞍掛峠を越えて岐阜の付知までサイクリングをしました。当時湖畔を辿る軌道の鉄橋跡はレールはずされて、木製の板が渡されており自転車で渡る時はスリル満点でした。出展者にその時の話をしたところ、現在は崩壊して通行できないと言われました。ぜひまた行きたいものです。今年は11/3・4に木曽の大滝村で森林鉄道フェステイバルが開催されます。もちろん私は参加する予定です。時間があれば三浦湖畔まで足を伸ばしてみたいものです。更に興味を引いたのは、会場となった目黒の「さつき会館」入り口にあった蒸気機関車の№プレートと動輪です№プレートは「C5515」の物でした。動輪も形状からしてC55のものでした。C5515といえば、私が高校2年の夏C55の牽く列車に乗るべく筑豊へ行ったときに、私の乗った列車を牽いたのが「C5515」でした。もしこの動輪が「C5515」の物なら実に42年ぶりの再会になります。その後会場を後にして「珊瑚模型店」に行きました。目的は16番の「C62」キットの購入です。今年1月「8620」を完成させた時、次は「C62」と思っていました。以前車のCMで「いつかはクラウン」というフレーズがありましたが、鉄道模型マニアなら「いつかはC62」です。そしておもいきって購入しました。家に帰って組み立て説明書を読むと部品数は約500点あります。それを1つ1つハンダで組んでいくのです。気が遠くなるような話ですが、模型というのは1つずつコツコツ組んでいく物です。千里の道も1歩からです。でもC62の前にターンテーブルもあるのです。まああわてず焦らず1歩1歩進んで行きたいと思います。疲れたら休めば良い、やる気になったらやれば良い。いつかは皆さんに朗報をお届けできると信じます。ではまたお会いしましょう。  

ユキポン通信22

 投稿者:ユキポン  投稿日:2007年 8月29日(水)16時53分1秒
  成蹊大学鉄研OB及び現役の皆さん、暑い日が続きますがお元気ですか。夏休みは如何お過ごしでしたか。私は先月に予告したとおり12日は国際鉄道模型コンベンションに行ってきました。コンベンションの視察も3回目ともなると顔見知りの出展者も何人かになり、色々教えてもらうことも出来るようになりました。夏休みの後半は能登半島へサイクリングに行きました。自転車仲間とのサイクリングでも鉄道のことは忘れません。夜行バスとJR七尾線を乗り継いで「羽咋駅」で下車。ここからサイクリングのスタートです。羽咋からは昔北陸鉄道能登線が出ていました。昭和47年に廃線になりましたが、廃線跡は全線がサイクリングロードになっており、私もコースの一部を走りました。コースは主に海沿いの防風林を走るもので、風光明媚な線路を走るローカル電車の姿が偲ばれ感慨深いものがありました。2日目は輪島へ。旧七尾線は穴水で分岐し、北線は輪島が終点、東線は能登半島先端に近い蛸島が終点となっていましたが、現在は七尾から先は第3セクターになり、穴水から先は廃線になってしまいました。旧輪島駅は現役の頃はターンテーブルもあったのですが、今は道の駅になっており、線路とホームの一部が保存されています。3日目は能登半島先端の「狼煙」から穴水まで走りました。蛸島からはほぼ旧七尾線に沿ったコースを走りました。旧七尾線は昨年末に廃線となり、廃線からの期間が短いので全線にわたって道床が残っており、レールも一部残っており、駅跡は殆ど残っておりました。地元の人に聞いたのですが、七尾から先も廃線は時間の問題ではないかとのことで寂しい限りです。
そんなわけで夏休みも終わり、20日から仕事を開始したのですが、なんと最初の仕事で転倒して右手首を亀裂骨折してしまいました。業務にはさほど支障はないのですが、趣味が全く出来ません。ターンテーブルの作成もこれからというときに残念ですが暫く休業です。でも模型というものは焦らずコツコツやるものです。傷が充分癒えてから再開したいと思います。ではまたお会いしましょう。
 

ユキポン通信21

 投稿者:ユキポン  投稿日:2007年 7月29日(日)16時46分42秒
  成蹊大学鉄研OB及び現役の皆さんお元気ですか。関東地方梅雨明けの発表は未だですが、ここ数日は真夏のような暑さです。そんな中、ターンテーブルの作成もいよいよ熱が入ってきました。今月は回転部分が出来上がりました。モーターは手持ちの「9600」から外したカツミの古いDH13形を使用し、1:20のウオーム2段と10:90の平ギヤーを介して1:3600に落としました。回転テストをしたところ1回転40〜50秒というところです。蒸気機関車の古い映像等を見ると、ターンテーブルの回転速度は意外に速く、1回転40〜50秒というのは適正なスピードと思います。ターンテーブルというのは、如何に回し如何に止めるかだと思いますが、次は如何に止めるかです。私の構想は電磁石と永久磁石を使用したストッパーにより回転を止めるいうものです。ストッパーにより主回転軸に強力な回転力と停止力が加わった時破損しないよう、90の平ギヤーと主回転軸を完全には固定せず、ある程度の力が加わると空転するようにし、モーターや回転軸に無理が掛からないようにする計画です。詳しくは完成してから報告したいと思いますが、作成の途中試作や実験を織り交ぜて進めていく予定です。さて、もうすぐ夏休みですね。皆さん休みの計画は如何ですか。私は8/12に国際鉄道模型コンベンションに行き、後半は能登半島へ自転車でのツーリングに行く予定です。これからが夏本番、老いも若きも暑さに負けず大いに鉄ちゃんしましょう。ではまたお会いしましょう。  

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