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秋は様々に・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年11月23日(木)08時16分25秒
返信・引用
   寒かったり、そうでもなかったり・・・今年の秋は変化が激しい。それでも秋は楽しい。柿好きを知って、友人などはわざわざ「渋柿を飾り用にして」持ってきてくれたり、近くの公園ではバラ?を咲かせていたり・・・残念なことに「遠くの紅葉」を楽しむことができないのは、いつもの年と変わりがない。  

紅葉はそこここに・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年11月22日(水)07時36分44秒
返信・引用 編集済
   昨日は千里中央で所用済ませ、帰りは北急の緑地公園駅で下り服部緑地へ出掛けた。平日の公園はだだぴっろい広場の感じで、紅葉を楽しむもみじもイチョウもごくわずかしかない。
 それでも秋を楽しませてくれる木々は、季節を精一杯表現しているようで「出向く価値」はそこここにある。
何がやってくるのか、アマチュアカメラマンの集まり・・・
 

八ヶ岳の・・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年11月21日(火)07時45分16秒
返信・引用 編集済
   「身に染みる寒風」ほどでもないが、寒くなってきた。整形医院へ「首の牽引」に通ううちに「マッサージ」担当の方と話が合うようになってきた。

 「あなたの肩の筋肉は硬いですね、何かされていたんですか?」「山登りを少し」「登山はあまりしないんですが=孤高の人=を読んで、私も機械設計の仕事をしていたので、同じ仲間のようなあの加藤文太郎には本当に感動しました」・・・これには驚いた。わずか10分ほどの施術中に、もう幾度も加藤文太郎の話をした。文太郎にあこがれた山仲間は多いが、登山をしない人にも大きな影響を与えていたようだ。

 昭和45年の5月連休に彼の足跡をたどって登山仲間と二人で春の八ヶ岳に登った。行者小屋横の雪上にテントを張り、翌日は荒れ模様の天候の中を、不安定な雪を踏みながら赤岳に登り、横岳を経て、くだりは夏沢鉱泉ルートを辿った。文太郎が宿泊したらしいもう朽ち果てていた夏沢鉱泉小屋跡をながめたときの「感動」は今も忘れられない。小屋横のほんの1メートルにも満たないトレース後のない雪の登山道に「テントを張り」、深更まで友人と文太郎を語りあった。

 翌日もしぐれ模様だったが、くだり道の「唐松林」に降り注ぐ雨がほんの一瞬やみ、朝日に輝き、毅然として立つ「唐松林」に見とれた。もう48年近く前のことだが、今も記憶は鮮やかで文太郎の偉大さを思わずにおれない。
 

山装う・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年11月19日(日)17時47分42秒
返信・引用
   春の「山笑う」そして「山滴る」、秋の「山装う」。もうすぐ「山眠る」になる。それにしても春は緑一色だが、秋は木々の葉は様々に色づく。山装うとは素晴らしい表現だと思う。俳人ならではの「観察眼」に敬服する。窓から見える箕面連山も赤くなってきた。

 今日は、先日ご自宅で食事会を催され伺ったお宅の「主人」と、五月山の山裾まで歩いた。冷たい風が、吹き「快適なウオーキング」とは言えなかったが、秋色に色づく木々はみごとだった。呉春の酒蔵のあるところあたりでは、狭い道路のかなり手前から「新酒の香り?」がしてきた。相手は「斗酒辞せず」の豪のもの、君子危うきに近寄らず、どこへも寄らず帰宅した。
 
 

美味しい料理でも・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年11月19日(日)07時35分12秒
返信・引用 編集済
   昨夜はボランテアイ仲間(と言っても、20才以上も年下のひとたちだが・・・)と、行事が終わって近くの「居酒屋」へ出掛けた。若者が集まる美味しい店と評判らしいが、店主の「ぼさぼさ頭」と、「ひげずら」に驚いた。料理は美味しくその上安い。お客の扱いも悪くはないが、料理に「髪の毛」でも入っていないか?が心配になった。
 以前、「蕎麦春秋」に女性の受講生が長い髪のまま「帽子もバンダナ」もせずにそばを打っている写真が掲載されて、抗議?の投稿をしたことがあった。また、梅田の料理教室に通っていた頃、バンダナを忘れた受講生に講師が「お貸ししましょうか?」と洗い立てのバンダナを渡していたこともあった。

 浅田次郎によれば自衛隊は掃除にもっともきびしいとか、また、最近「禅そうじ」と称して心のやすらぎも掃除から・・・と禅修行の一つに掃除があることに話題を集めている。
 料理にも料理道があるとすれば、身だしなみや身のこなしに「毅然としたもの」があってしかるべきものと思う。

 その店を出て、「もう行くことも無いかな?」と反芻しながら帰途についた。
 

素晴らしい若者・・・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年11月18日(土)07時52分21秒
返信・引用 編集済
   十代の若者にオーケストラのピアノソリストをつとめさせるには勇気がいるに違いない。失敗はしないだろうが、大観衆や「有名オーケストラ」との共演の中で「萎縮」してしまうのではないだろうか? と起用する側は心配するのもムリはないと思う。
ところが、一昨日の「シンフォニーホール」でのコンサートで18才の牛田智大は「ラフマニノフピアノ協奏曲NO2」をみごとに弾き、聴衆を沸かせた。何しろ12,3才の頃からノソリストを勤めていたらしいのだから、まったく問題がないはずだ。辻井伸行と同じような天才少年だろうなと思った。先が楽しみでもある。

 指揮者の 大友 直人  ピアノ牛田 智大(ushida tmohiro)]  当日のプログラムから・・・


 

変わりそば・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年11月17日(金)09時56分30秒
返信・引用 編集済
   昨日、Sさんにも「変わりそば・茶そば」を打ってもらった。決める加水量も、ねり、のしなどのすべての工程も手こずる。「白菊」はやはり難しい。

蕎麦粉(北海道産・白菊)800g つなぎ(カメリア)200g 加水量590cc 抹茶25g
 

秋の夕暮れの空に・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年11月15日(水)09時16分20秒
返信・引用 編集済
   「紅葉だより」が新聞に載るが、今年はどうなんだろう?と思って出掛けた箕面はいつもと違っていた。もみじはそれなりの「手入れ」がいるようだ。それを怠ると、「うどん粉病」やカイガラムシやアブラムシの被害に遭い、気使いの必要な樹木らしい。お寺にもみじが多いのは「新緑」と「紅葉」の季節の頃の美しさと、仏縁を結ぶ演出もあるのでは(これは私見)と勝手に思う。それにしても、京都に多いお寺の紅葉は、ライトアップなど外国人の方にも人気らしい。

 若い頃、名神高速道路が開通まもなく、滋賀県湖東の「永源寺」に出掛けたことがあったが、その美しさに眼をみはるものがあった。それと近くの茶店で買った「赤いこんにゃく」も印象的で、早くに浜松へ移住し若くして亡くなってしまった友人との唯一の「もみじ見物」だった。

 紅葉とは関係ないが、先日、秋の夕景飾るこんな飛行機雲を見た。(my cameraより)

 

箕面のもみじ・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年11月14日(火)07時28分37秒
返信・引用 編集済
   良い天気の昨日、箕面へ出掛けた。かつてもっとも近いもみじ見物は、もっぱら「服部緑地」か「箕面大滝」へ出掛けていた。それが少づつ遠のいて、もみじが過ぎた頃に「やり過ごしてしまったもみじ見物」をいつも悔やんでいた。少し早いかな?と思いつつ「箕面もみじを目的の大勢の人たち」と大滝の方へ歩いたが、大滝へは「過日の台風被害で行けないらしい・・・」。滝道のほんのさわりのもみじでも楽しめればと思っていたのでむしろ好都合だった。
 燃えるような赤いっぱいの滝道を期待したが、残念ながら「未だなのか、終わりつつあるのか・・・」、さほど感動するシーンもなかった。

瀧安寺前の紅葉
 
 

研修会・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年11月13日(月)08時30分12秒
返信・引用 編集済
   昨日は年一度の「地区研修会」だった。テーマは「健口で健康長寿を目指しましょう!」、講師は近くの歯医者さん、梅花女子大学教授、それに保健婦さんの3人、それぞれに健康長寿を目指すための「秘訣」を話された。(映像機器も持ってこられ、資料もたくさん準備されていた)大いに、参考になる話だったが、残念ながら参加者が少なかった。

 目指す目標は・・・
① 肉・魚・卵・豆腐・牛乳・チーズ・やさいなどをしっかり食べましょう
②毎日しっかり歩きましょう
③何事もおっくうがらず動きましょう
④社会性(人との付き合い)をいつまでも保ちましょう
で締めくくられた。

 男性3人で70人分ほどの机・イスを用意したが、参加者は30人ほどだった。片付けの際には「拍子抜けもあって」重い長机やイスを倉庫に運び入れるのに、3人とも大いに疲れた。
 

汝友あり・・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年11月12日(日)08時10分23秒
返信・引用
   先年亡くなった「渡部昇一」の著作の中に、「古い友人を大切にすると共に新しい友人を作りなさい」というくだりがあり、そしてその中に「汝友あり、豊で尽きぬ宝庫をもてり、いかなる汝の必要をも満たす宝庫、汝の命尽くるまで大切にすべし」と(友人の大切さを説いた)ところがあった。

 確かに人の世は有為転変あり、古い友人とていつ付き合いの途切れるとも限らない。若かった頃の友人とも疎遠になりつつある中で、男女を問わず新しい友人もできた。なかには誠意の感じられない友人?もいたが、「心の中で早々に退場」を願った。とは言え、生きながらえて行くには友人の存在は欠かせない。

 昨夜はマンションの理事会があり、予定をかなりオーバーしたが理事仲間には素晴らしい方もいる。終えて、夜更けながら少し散歩して帰ることにした。夜風が肌に染みいるようだったが、ほっとした「安心感と信頼できる仲間ができるように」思った。昼間の散歩道を遠回りして自宅にたどり着くまで、街灯を頼りに独り歩きながら、何かしら「気持ちは豊か」だった。



 

モチベーション・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年11月11日(土)08時55分8秒
返信・引用 編集済
   動機づけ(されている状態)・誘因・(行動する)意欲などと訳される。そう言えば、そばを食べたい、そばを打ちたい思いはモチベーションにつながる。

 それにしても「変わりそば」は難しい。ここのところ、久しぶりに白菊の茶そばに挑戦しているが、日を変えながら5回続けて「加水を多くしたり、加える水の温度を60°~80°に上げたり」するがはっきりしない。加水を多くすれば比較的楽に打てるが、「ぎりぎり」の加水量を決めたいと思うとウデの未熟さが出る。
 

岩盤のような・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年11月10日(金)17時43分16秒
返信・引用
   首の牽引の後は、マッサージを10分ほどしてもらう。「左肩は岩盤のようですね」と若いマッサージ師は言う。今日のセリフは「鉄板のようですね」だった。それも左肩がひどいらしい。肩こりの経験などほとんどなかったので整形に通い始めて半年、意外だった。「健康自慢」のつもりが、自信も失せつつある。同年齢の友人達も似たようなものらしい。

 話はそれるが、この11月~12月には地区の福祉会館で講演会や研修会、高校生の演奏会などいくつかの催し物がある。それらは社協の「研修係」が担当だが、もう外れた者も人手不足で駆り出される。それが男性2,3人のときもあり、6,70人分もの机・イス並べは「足・腰」に堪える。肩や腰の痛みに「思い当たるふし」があるのに気がついた。そう言えば、あの会議用の長テーブルはいつも左手で持って運んでいた。

 高齢者の集まりに高齢者が準備万端整えるのはいかがなものか?・・・と「憤慨したり」「肩痛の原因に妙に納得したり」・・・・・。
 

紅葉には独特の・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年11月10日(金)07時51分34秒
返信・引用 編集済
   早くしないと、といつも思うのは紅葉見物だ。20年も前に「奈良正歴寺」の紅葉見物に出掛けたときは、季節の変わり目の気候が悪かったのか「紅葉とはおよそほど遠い赤茶けたもみじ」だった。地元の方も「こんなのは・・・何年もなかったね」と言っていたくらいでがっかりした。以来、紅葉の季節になるといつも焦ってしまう。

 7年も通ったそば段位認定会場の「三田そば道場」への往復は、有馬富士の裾野を通る山裾の紅葉にいつも感動はしたが、認定合否の緊張感に「紅葉を楽しむ」までにはいたらなかった。昨日は、池田への所用で車で五月山近くまで送ってもらったが、山の上の方は「ほんのり赤く染まりかけの景色が眺められた」・・・・。もうのんびりしておれない気分になる。

2012 11/29 服部緑地
 

インスタばやり・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年11月 6日(月)07時28分17秒
返信・引用 編集済
   「説教くさい記事」や「おとめチックな記事」の投稿などは「いまどきはやらない」のかも知れない。インスタグラム大流行だ。映像があって、解説が見たければクリックするだけでコメントが見られる。料理のクックパッドなどもそれに近い。見やすいな~!便利だな~!と思う反面、ちょっと物足りないなとも思う。写真も「インスタバ映えするように撮ってね・・・!」も流行語のようだ。まねてみると・・・・。

 先日の「いもほり大会でこんな大きな珍しいかたちのおいもが獲れました・・・すご~い!」「どうして食べたらいいんだろうな?」

そこでちょっとCMも・・・https://www.instagram.com/hakusenbunko/?hl=ja
                     https://www.instagram.com/hakusen_matsuzaki/?hl=ja

sokode

 

紅葉のシーズンになった・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年11月 5日(日)08時25分43秒
返信・引用 編集済
   こどもの頃に見た紅葉は、ありふれたものだった。商家が列ぶ街並みの中に大きな屋敷があって、何を生業とされていたのか知らないが「土塀越し」に色づくもみじは、当たり前の景色だった。それよりも、小学校の校舎から見える比良山系が全山赤く染まっていく秋はこども心にも特別に思えた。その頃、学校行事の秋の遠足は決まって写生をかねて「紅葉まっただ中の比良山麓」だった。長じて、登山で見る紅葉は「紅葉の感動よりも目的のピークに立てたこと」の方が喜びが大きかった。

 高齢の域に達すると、紅葉見物そのものが目的なのでそれぞれに鮮やかな紅葉に感動をおぼえた記憶が今も残る。十数年前に山の仲間と行った善峰寺の紅葉や、3年前に友人と出掛けた京都永観堂の紅葉などは、今も記憶が確かだ。

 さて、今年ももう街路のイチョウも「色づいて」きた。今年は、友人達と近場で楽しもうかと思う。


 
 

ビンボー旅行の思いで・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年11月 4日(土)07時54分41秒
返信・引用 編集済
   最近は見たいTV番組が少なくついつい「旅」番組を見てしまう。二十代の頃は登山のほとんどは「目指す山へ一直線」だった。現地近くまでは夜行の急行列車を利用した。そして一週間ほどの登山の後、山仲間達は「勤務があるので・・」と言い残して大阪へ帰って行った。幸い、こちらは時間に余裕が有り皆と別れて、たびたび「鈍行で一人旅」を続けた。
 「駅弁」はもったいない気がして、パンと牛乳で済ませ駅の待合室で寝たり、安い民宿を探して宿泊だけお願いしたり、もうビンボー旅行そのものだった。そんな若い旅行者を当時は「カニ族」と呼び、どこでもいつでも大目に見てくれた。

 今、旅番組を見ているとその当時のローカル線の多くを懐かしく思い出す。ただ、当時は鄙びた駅におりても「名所旧跡を見に行くくらい」で、その土地の名物料理などは食べたことはなかった。道路は今ほど整備されていなかったので、早朝のローカル線は高校生や通勤客で満員だったり、東北の鈍行には扇風機もないものもあり暑さで、まいったこともあった。今はどこの路線を走る列車も快適そうで、窓から見る景色も「豊かなくらし」が垣間見える。

 TVの旅番組を見ていると、今も、事情が許せばひょいと「鈍行にでも乗って、旅がしたくなる」・・・。
 

運慶ブーム・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年11月 3日(金)08時31分4秒
返信・引用 編集済
   身のまわりには知り合いの仏師などはいが、素人ながら「仏像」を彫る人は幾人かいた。その方達の彫る仏像は、「素人ながら彫る技術は確かなようだったが・・・」作品からは(失礼を顧みず言えば)感動は伝わらなかった。

 今年は「運慶ブーム」のようだ。東京博物館に運慶作の仏像がずらりと22体も展示され「大好評」のようだ。定朝仏のような慈愛に満ちてはいるが「近寄りがたい尊さ」を感じる仏像には西国や新西国の巡礼で、また四国霊場の遍路で、幾度も出会った。

 平安~鎌倉時代に多く彫られた「仏像」は「如来や菩薩に導かれる」近さより、煩悩に満ちた「おのれの存在をいっそう小さくそして萎縮させて」しまうように感じていた。それに比べて「運慶の仏像」は、ぐっと身近で「如来・菩薩・明王・天」に至るまで、庶民の心の深奥を見透かし「あまねく庶民に救いの手をさしのべるかのような親近感」を呼ぶ。

 若い女性のなかにも仏女と呼ばれる「お寺」や「本尊の仏像」を訪ね歩く人もいるが、運慶作の千年近くも前の「仏像」に導かれ魅了されるわれわれの祖先からのDNAは、尊いものではないかと思えてならない。
 

瓦そば・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年11月 2日(木)06時55分7秒
返信・引用 編集済
   昨日は「女性そば打ち会」、6人が参加された。以前から材料を持ち寄り、Mさんに下関名物の「瓦そば」の作り方を教えていただくことになっていて、昨日は茶そばを打った後に「瓦そば」を作ってもらい、皆で美味を楽しんだ。

蕎麦粉(北海道産新蕎麦 白菊)800g つなぎ(カメリア)200g  加水量60°超550cc
 

加水率は?

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月31日(火)07時48分8秒
返信・引用 編集済
   そば打ちの加水はプロも言うように「難しい」。蕎麦粉会社はおおむねの加水率を公表しているものの、その通りでは「ぴったり」の加水にならないこともある。ふだん打たない更科粉より少し荒くふるい分けされた一番粉に近い「白菊」などは、加水に戸惑うことも多い。昨日、「白菊の茶そば」も、65℃くらいで打ったが、加水が「ぴったり」とは行かなかった。

蕎麦粉(北海道産新蕎麦・白菊)800g、つなぎ(カメリア)200g、加水量65℃超540cc
 

「そば道」・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月30日(月)08時09分49秒
返信・引用 編集済
   三田の段位認定会場で審査員からよく聞かされた「そば道」・・・。もう亡くなられた哲学者で、そば好きで、東北のそば打ち愛好会の代表でもあった石川文康さんがそば打ちを名付けて「そば道」という言葉を初めて使われたと「そば打ち教則本」に載っている。

 素人のそば打ち好きは「そば打ちの難しさ」に夢中になるあまり、それ以外の「茹で」「盛りつけ」「食べる作法?」などがおろそかになり勝ちに思う。特に食べる作法は、名の知れた手打ち蕎麦屋に入ると、「ちらちら見るにつけ・・・」、みごとな食べ方をする人がいる。今年3月、青森県の酸ヶ湯温泉の蕎麦屋では、盛る付けも、ざるのすだれの方向もちょっと違うな?思いつつ、斜め向かいの席で一人で食べている人の食べるスタイル(作法)に「実にみごと」と感心する方がいた。

 そばを打ちを始めてもう十数年になるが、そば打ちのウデは棚に上げても「茹で、盛りつけ、すだれの方向、食べ方」などもしっかり身に付けたいと思うようになってきた。

まるでアート・・・新潟のへぎそば 「蕎麦春秋・秋号」より
 

どうにか終えた・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月29日(日)09時17分12秒
返信・引用
   昨日、いもほり行事を実施した。台風の影響で天候も「雨」。250名もの参加申込みがあれば予定を変えるのは「大雨警報や強風警報」が出たときぐらいになる。午前10時に集合したが、少し参加人数が減ったくらいで親子とも完全な「雨対策をして」集まってくれた。14年間、この委員会を担当して「雨」は2回目だった。想像していたよりも「収穫」も多く、参加親子の喜びも大きかったように思う。いもほり以外に「ビンゴゲーム」や「豚汁」など、およそ40人ほどのスタッフに支えられて、実施できた。それにしても、都会っ子のこども達の「嬉しそうな笑顔」は、1年かかる毎月の作業の苦労も報われる。  

封開けのそばの香り・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月27日(金)07時20分10秒
返信・引用 編集済
   新蕎麦が売り出されてきたところで、昨日、新蕎麦の「白菊」を注文した。数多く打っていた頃は、特選でも白菊でも10kg単位で購入していて、多少封開けから日にちが経っても「打つ回数」の方が大切に思っていた。ところが、週一くらいしか打たなくなると「香り高い」封開けを打ちたい思いが強い。

 10kg単位より注文量が少なくなると割高で、それだけ購入回数も多くなり送料負担もバカにならないが、もう「ウデの上達」もさほど望めないなら「挽きたて」にこだわりたいと思う。

 寒くなっても「ざるそば」だが、やはり日にちが経った蕎麦粉では「味」が落ちる。2,3回、信州や福井産の蕎麦粉を使ってみたが、価格の安い物は味も落ちる。それにしても国産蕎麦粉は高級感(高値感)はまぬがれない。大衆相手の蕎麦屋などは「国産蕎麦粉」などは使えないと思う。

 白菊はやや手強く「加水」に難しさがあるが、茶そばなど「変わりそば」を打つ楽しみもある。
 

おしい新そばの季節・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月25日(水)17時55分46秒
返信・引用 編集済
   昨日はSさんのそば打ち日、2ヶ月半ぶりだったとか・・・。そばを打って食べて、秋から冬にかけて新そばの季節、楽しみも多い。

蕎麦粉(北海道産新蕎麦)800g つなぎ(カメリア)200g 加水量437cc
 

悪天候に悩まされ・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月24日(火)05時54分18秒
返信・引用 編集済
  先週末は「さつまいものつる切り」作業日、激しい雨の中を5名が参加してくれた。そして午後は今週末の「いもほり行事」のための会議に14名の委員が集まった。この10月はいろんな行事も天候に悩まされた。いつももくもくと参加する人に助けられた。「巧言令色少なし仁」とは言い得て妙に思う。  

拠り所・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月22日(日)08時32分12秒
返信・引用 編集済
   拠り所は「たよるところ・ひとも・・・」との意味らしい。確かに人はそんな「場所」や「ひと」が要る。、いつあっても、どこで会っても「癒やされ、ほっとする友人」は少なくなってきた。もう会いたくない、会わなくても一向に心残りはない、と思う友人(だった)もいるのが不思議だ。高齢になると、そうした選別が、はっきりしてくる。なぜなんだろう?
 拠り所となるひとは、自己にはない「魅力」の持ち主だからかも知れない。先日もそんな気の合った友人と会い、場所を替えてでも話が弾み何時間か過ごした。その友人の魅力は「磨かれた感性」の持ち主だったように思えた。

 秋は「演劇」「音楽」「絵画の個展」の案内がいくつも舞い込むが、どれに出掛けても楽しい。かつては小学校時代の恩師の「個展」に京都木屋町へ何年も、また元同僚の心斎橋での「個展」へも毎回も通った。演劇でも音楽でも・・・・楽しんで自己を磨くことも必要に感じる。

 芸術観賞などは格好の「癒やしの拠り所」になるが、ふだんはやはり「気の合う友人」との会話が楽しい時間が過ごせる「拠り所」になる。ただ、その拠り所となる「ひとの範囲(ラチチュード)」がずいぶん狭くなってしまった。「高齢者が陥る心の狭量化への始まり」かと思うと、背筋も寒くなる。
 
 

中山寺・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月20日(金)08時28分19秒
返信・引用 編集済
   清荒神や中山寺へは通うように出掛けていた時期もあった。家を出て豊中駅へそして清荒神駅から参道を歩いても、約1時間ほど。中山寺だったら45分くらいで着く。清荒神から中山寺への道も何回もたどった。ここ数年、ほとんど足を向けない年も有り、どこか疎遠になってしまっていた。
 昨年11月末に久しぶり中山寺に参拝したが、まだ未完成の朱塗りの大きな五重の塔に驚いたが、昨日はそれを見たさに小雨を押して出掛けた。
 参拝者もほとんど無く「森閑」とした境内の様子だった。本堂にお参りし、裏手の道の「五重の塔」へと足をのばした。朱塗りだったはずだが、青色に塗られた建物はみごとなものだった。正面には「青龍」の文字も鮮やかな「額」が掲げられていた。・・・・となると、それぞれの方向に守護神の四神、白虎、朱雀、玄武の文字も掲げられているのかな?と塔のまわりを回ってみたが、下から見えなかった。

 中山寺は「厳粛」とか「静寂」などとは無縁のように思っていたが、昨日のような小雨の降る「紅葉前」の寺は静寂そのもの、やはり由緒ある寺の雰囲気を十分に味わえた。
 

話題を変えて・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月19日(木)07時55分50秒
返信・引用 編集済
   毎年、近くの小学校で開かれる「敬老の集い」にプロのシャンソン歌手が出演されることが楽しみだった。2,3の知られたシャンソンの曲に加えて最後には唱歌「ふるさと」を観客席におりてきて一緒に唄われた。声のつやや声量、衣装も笑顔も素晴らしく「高齢者の方々」も大いに期待しておられた。それが昨年から出演されなくなった。

 先日、まったく不思議な偶然に、私の所属する会の会員で以前から知り合いの「元幼稚園の園長さん」は、そのシャンソン歌手にシャンソンを習っている方だった。昨日、出演されなくなった「いきさつを教えてもらった」とのことで電話をいただいた。出演の謝礼を予算の関係で半額してしまったので、係が「シャンソン歌手のお気持ちを忖度して・・・・」オファーをしなかったのでは?とのことだった。

 地区の素人の方の「おどり」や「太鼓」「合唱」も楽しいに違いないが、ちょっとお洒落な雰囲気の(垢抜けした)プロのものがあればもっと楽しいのにと思う。
 

新そばの味は・・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月18日(水)07時51分31秒
返信・引用
   年相応に頸椎のゆがみがあって「治療(首の牽引)」に週2回ほど通っている。牽引後に10分間ほど首・肩周辺のマッサージもしてもらえる。担当のマッサージ師は「話好き」のようで、いろんな話題に精通していて感心していた。ところが、そばの話になって「二八そばとは、八割がメリケン粉と言う意味ですか?」と聞かれ。あ然とした。恐らく50才代の施術師だと思うが、そばに興味の無い人はその程度の「知識」なのだろう・・・。

 ところで、今年も新そばが出回ってきた。「唐変木の会」のある蕎麦屋の店主は「新そば、新そば・・・と騒ぐが保管技術が優れた今は、昨年のものでも変わりがないものなんだ!」と言う。打って食べてみると、やはりもちもち感とか、歯ごたえ、喉ごしが少し違うように思う。そば好きは「新そば」という言わば魔法の言葉に惑わされるのかな?と思ったりする。
 

料理人の哲学は・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月17日(火)07時26分38秒
返信・引用 編集済
   先日、タレントの打つそばが打ち始めて50回目になったとき、指導した蕎麦職人が「もうお客に出せますよ・・・・」と言っていた。また、その蕎麦を食べるために集まった別の職人が「こんなそばを出す店がたくさんあります・・・」とも言っていた。どちらもお世辞なんだろうが、後の職人は吐き捨てるような不機嫌そうな顔で言っていたのが印象的だった。そう言えば4年ほど前に北海道旭川で食べたそばは「素人の打ったそばかな?」と思ったほどのものだった。脱サラ蕎麦屋の中にはそんなのがある。

 7月に親しい仲間が梅田で集まった際に、予約して入った店では「ビニールの端切れが入っていたり、まるで盛りつけもになっていない料理や、片言しか話せないお運びの女性」がテーブルに皿などを音をたてて置いていくなどもあって」驚いてしまった。名の通った大きな資本が建てた「ビル」の中の店だから・・・・信用にもかかわるのでは、と危惧してしまう。、

 そばは少量でも値段は高く「お腹を満たすほどの量」でもない」「しっかり打ったそばでなければ値打ちがない」。例えTV用でも「演出の度が過ぎ、不快感はまぬがれない」。最近は「速成」で職人を養成するところもあるらしいが・・・・。
 

気持ちの持ちよう・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月16日(月)07時32分29秒
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   「天高く馬肥ゆる秋」からほど遠い毎日の雨だが、それでも身体は動かさなければ「なまる」。昨日は千里中央で年に一度の「某会議」に出た。高齢者の多い会議は本題とは別の「健康の話題」が多い。衰えゆく「身体と心のせめぎ合い」に身を置いているのだから仕方がない。

 先日、TVで有名な女性バイオリニスト黒沼ユリ子さんの番組を見たがメキシコから40年ぶりに帰国して「最終の住む場所に故郷日本」を選んだとか。また「大波小波、ときには台風もどきの苦難も味わった人生だったが、故郷日本で好きなバイオリンを教えることで終えたい」と述べられていた。
 ハンガリーに単身で国費留学して20才で結婚し、メキシコ人の夫と共にメキシコに渡り住み演奏活動を40年続けて後の帰国とかで、エネルギーに満ち、天性の「人に好かれ、人を動かす才があるように」思えた。
 もう76才だがそんな風には見えない。それなりの「病(やまい)」もお持ちだろうが、話から気持ちの持ちようで行く末も変わってくる気がした。

 「会議・宴会」の解散後、ひとり千里中央の蕎麦屋に寄った。午後2時過ぎだったので席は空いていて「いつものざるそば」を注文した。酔いもほどほどだったので「我に返った」ような時間を過ごせた。
 セルシー広場では「対馬まつり」開かれ、テントが列んでいたが雨で客も少なく「気の毒のような風景」に出くわした。


 
 

柿色は・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月13日(金)07時04分15秒
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   まだ成熟しない青い色の柿は「美味しくな~れ!」と、こどもの頃、橙色になるのをまちに待ったものだった。柿は千種類くらいあるとされるが、食べた記憶にあるのは20種類くらいだと思う。富有柿、御所柿、花御所柿、蜂屋柿、西条柿、次郎柿、平核柿、早秋柿・・・・など、名前の判らないものも多い。
 柿はかたくても熟柿や干し柿でも美味しい。柿は柿色と言われ濃い橙色だが、商家ののれんは青や藍色が多い中で「濃い柿色も渋柿色」も用いられたらしい。

 先日の「からまつの会」の際にわざわざ、体調不良の中を押して持ってきてくれたM君家の柿は青色の勝った柿だが、食べると口の中で甘さが走り美味だった。
 

新そばを打つ・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月12日(木)08時32分54秒
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   昨日は女性そば打ち会、5人の参加があり「新そば」を打ってもらった。例年より早い売り出しのようで、この頃に「新そば」を打つのは初めてだった。加水率は44%ほど、公称より少ない。

 そば打ちも楽しんだが、「アフターそば打ち」は様々な話題で賑やかに過ごした。高齢者の病気や終活など、レーガン大統領著の「人生の黄昏」ではないが、加齢と共に話題も変わり話は尽きない。

蕎麦粉(北海道産)800g つなぎ(カメリア)200g 加水43~44%

 「アフターそば打ち」のために持ってきていただいた実に美味の「栗の渋皮煮」や「栗ケーキ」を楽しんだ。渋皮煮は「挑戦して難しさに音をあげた」苦い記憶が・・・・。
 

季節外れの暑さに・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月11日(水)07時25分56秒
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   ここのところ季節外れの暑さで過ごしにくい。昨夜、かかりつけ医の診察の際には「紅葉はどうなるんでしょうね?」と、いたってのんびりした話になった。「紅葉」は科学的に解明された現象らしいが、家の庭にたくさんの草花を育て花を咲かせる近くの知人の話しによれば、植物も「体内時計をもっているのではないか・・・」と。それほど寒暖の差が無いにもかかわらず桜などは早くも葉っぱが色づいている。夏のアサガオなどは朝に一斉に咲くように思うが日が昇る8時間も前から咲く準備をするとかで・・・興味深い。秋モードの人の体内時計もこの暑さで歪みが出そうだ。

 ところで、近くの集会所で「いきいき体操教室」が始まった。要支援12の認定者は自治体が担う国の「事業支援施策」がスタートすることで、全国一律対応が各自治体別になり、財政事情の差が対応差を生むことになりそうな気配を感じる。道路一つ隔てたお隣の「市」と対応がまったく違ってくるのではないかと心配される。
 そこで、介護保険の財政的行きづまりを防ぐために、高齢者(介護保険適用年齢者)の方達に「少しでも、元気になってもらおう・・・」との意図で始まった「体操教室」だと思う。

 ふたを開けてみると「実に少ない参加者」らしい。何にでも「一人参加」は勇気がいる。連れだって(連れもって)参加するには、日頃から何らかのつながりがなければ「ムリ」ではないか。自治会の加入率が50%を割り、さらに減る傾向にある中で新たに知り合うきっかけもない状態では難しい。今年は無料だが、次年度からは有料になるらしい。行く末はどうなるだろう。
 
 

新そばまつり・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月 9日(月)10時30分53秒
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   いよいよ新そばが出回る時期になった。細長い日本列島の9月~12月頃まで北から順に「新そば祭り」が開かれる。騒々しい、ほこりっぽいなかで「そばを食べる」のは敬遠したいが、賑やかで楽しいに違いない。
 もう12,3年前の三田そば祭りに出掛けたことがある。10月にしては暑い日で、テント下でのそば打ちを見たが、ほこりが舞い立つような中だったので食べる気がしなかった。

 そばは店構えや店内の設えのしっかりしたところも良いが、八ヶ岳山麓の大きな農家の座敷のガラス障子を開け放つと「蕎麦畑」が眺められるところも、秀逸だった。そんなところで、塗りの施された大きな長方形のお盆に盛られたそばを、食べるときの「幸せ感」は「そば好きで良かった・・」と思う一瞬でもある。

 今年の新そばはどんな味がすることやら・・・楽しみも大きい。
 

潤いの世界へ・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月 6日(金)06時53分18秒
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   今年はちょっぴり「名月」を楽しんだ。ベランダからの風情のない眺めだが、気持ちだけは華やいだ。こどもの頃は、琵琶湖の東から登るまん丸の月が湖面にみごとな「ムーンロード」を作り始めると、歩いて10分ほどの「錠開けて月さし入れよ浮御堂」の芭蕉の句碑のある「堅田の浮御堂(うきみどう)」まで行った。お堂のまわりの灯籠に灯がともり、それが月と共に湖面に映え、それはみごとに幻想的な風景を醸し出し大人もこども楽しんだ。

 月見は情景に見合う。それも山の端に出たところの月、湖面に浮かぶ月、古刹の甍の上の月などは特別に美しい。古い街並みの生まれ故郷はそんな条件が整っていた。

 今年は、小さな三方の上に手作りの団子と、そして近くの川の土手にあったススキ飾った。さして潤いのないふだんの生活から一瞬ながら「雅な時空へ逃避して」楽しんだ。
 

そばの究極の食べ方・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月 4日(水)07時18分27秒
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   今年の夏も何とか打ち続け、そしてせっせと食べた。そばは先人達も「ざるそば」「冷や汁そば」「熱そば」にしてを食べてきたと思う。その亜流(かたちを変えた)の食べ方もあるが、三種類が基本のように思う。

 国内産の蕎麦粉は「品種登録」されたものか、国内のそれぞれの地方で昔から栽培されてきた「在来種」か、どちらかになる。ただ、消費量のほぼ8割は輸入もの(ほとんど中国産、小量の米国またはカナダ産)なので、国産そばだけを食べているわけでもない。蕎麦粉は業者の「食味テスト」などで価格が決まるようだから、国産の蕎麦粉は外国産に比べて2倍近い価格なのは「それだけ美味しい」ということになる。

 「手打ち蕎麦」と看板を上げていても「手打ちかどうか疑わしい蕎麦屋」もあるが、蕎麦屋は店主の気概やこだわりによるところが大きい。美味しいとされる産地の蕎麦を自家石臼挽きして「全工程手打ち」にしたものか「木鉢で手こねして、のし切りが機械」かは別にしても、「蕎麦粉」にこだわるところが、店主の心意気かもしれない。これらはやはり本格的な「手打ち蕎麦屋」と言える。

 「そば好き」はやはり国内産の蕎麦粉で、自前で打つそばが手っ取り早い。そして「ざるそば」が一番に思う。

 
 

某書の「我慢の食生活には・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月 3日(火)07時44分18秒
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  幸せが足りない」と続く箇所がある。「あれも食べたい、これも食べたい」のだけれど、それらを食べられないのは「不幸ですよ」、と言っているのかと思った。真意は違っていた。ふだんの料理も、う少し「出汁のきいた一品を追加すれば、さらに美味しい料理に満足しますよ」だった。両親とも「病院食」や「介護職」で終え、父などは終末間際までいつも「あれが食べたい、これが食べたい」と言っていたのも、そんな思いがあったのかも知れない。

 毎日の料理を振り返って見ると、すべてに市販の「出しの素」や「味のついたもの」を食卓に並べている。たまに、昆布やかつを節、椎茸などを「出汁」に使うと、新鮮な感じで確かに「美味しい」。
 砂糖や油(油脂)はうま味成分だが、(メタボや糖尿病で)それらを少なくするには、北前船やかつを漁がさかんになった江戸時代以降に確立した「出汁の引き方で引いた出汁で調理する・・・たった一品の追加で満足する食事になります」と言っていたのだ。

 調理人ならいざ知らず、主婦(主夫)がこれを実践するには「ハードル」が高い。ただ、あからさまではないが、どんな調味料も自然のものに似たものが「化学的に作れるんです・・・」と述べている箇所もあり、やはり自然由来の素材で「出汁を引いて作る」ことは、「食の幸せ」につながるのかも知れない。
 

小量打つことは「良策」・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月 2日(月)07時56分43秒
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   そば打ちの習い初めは500g(400gの蕎麦粉、100gのつなぎ)だった。それを700gにそして1kg、さらには1.5kgへと打っていくことになった。越前そば道場の故中山重成会長は、いつも「素人は1.5kgを打つことはめったにないでしょう・・・1kgいや700gくらいでも良いのでは」「素人はそば打ちを楽しむために打ち、そばを美味しく食べるために打つ、なんと楽しいことでしょう」。三田そば打ち道場で段位認定証を渡される際は、「よくぞここまで打てるようになりましたね・・・」と慈愛に満ちた眼差しだった。そして、90歳を越えてもそば打ちをされていたらしい。この2,3年、身に染みる言葉に思う。体力が衰えたら量を「減らしてでも打つ」、素人のそば打ち好きには「金言」に思う。  

外2で打つ・・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月 2日(月)07時29分40秒
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   夏の時期の蕎麦粉の保管は難しい。特に今年のように、9月に入っても暑い日が続くときは部屋に置いておけば賞味期限2ヶ月でも、1ヶ月はとても保たない。

 今夏は5kg単位で購入して、外気のあたたかいままで「宅配」された蕎麦粉を封を開けないまま ①すぐに冷蔵庫に入れ ②そば打ちの際は素早く量を計り、再び冷蔵庫に入れた。部屋のあたたかい空気がそば袋の中に入らないようすることで、袋の中で「露結」することはなかった。そして、夏場でも何とか乗り切れた。

 そばを美味しく食べるには、やはり挽きたての新鮮なものが良い。5kgを買って、週に1回打っていても残ることが多い。そのため、外2や、1200gの生粉打ち、になってしまう。これ以上多いと「体力的にリスクが大きく、ムダな部分が多く」なる。それに挽いて日数の経った蕎麦粉は「つながり」も悪い。

 昨日は1.2kg「外2」で打ったが、冷蔵庫保管の古い蕎麦粉でずいぶんてこずった。

 蕎麦粉(北海道産)1kg つなぎ(カメリア)200g 加水量550cc
 

いよいよいもほり行事に・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年10月 1日(日)07時41分6秒
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   昨日の午前中は、本年最後の「いも畑」での「雑草取り、水やり、つる反えし」日だった。十数名の参加があり順調に作業を終えた。3月から月一回、「苗植えを挟んで行事まで長いな~と思いながら・・・」ようやく10月28日の「いもほり行事」にまでこぎ着けた。

 午後は行事のための「会議」が福祉会館で2時間ほど、さすがに疲れた。いつもなら、雨でも暑くても寒くても帰路は会館から「坂道」を下り、小さな川沿いの道を歩いて再び坂を登って「足腰の調子を確かめながら帰宅する」ところだが、昨日はその気になれなかった。

 この行事にかかわって14年目、すべてを若い方々へ引き継げそうだが「危なっかしい」ところもある。「老婆心」もほどほどにしてとは思うが・・・・。
 

嫌いが好きに・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月30日(土)06時29分40秒
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   飲料水の好き嫌いの調査をした結果が載っていた。学生に嫌われたジュース200ミリリットルを5日間毎日飲んでもらうと、慣れて美味しいという評価に変わってきた。それが間隔を三週間あけて再び飲んでもらうと、「美味しい」という評価がいっそう増していた。「好きでも嫌いでもないジュース」は、ほとんど評価は変わらなかった、と言う(2009年東北大学)。「嫌いは好きに変わる」、驚くべき脳の判断だがこれを単純接触効果と言う、と書かれている。

 人への好き嫌いも似ている。好き嫌いは ①外見の容ぼう ②立ち居振る舞い ③発する言葉(ものの言いよう)にあるのではないか。TVでみるタレントや俳優は①や②だろうが、日常は③になる。特に高齢になると、言葉が「致命的に関係をこわしたり」する。高齢者の集まりでは、しょっちゅう「もうあの人とは、会いたくない」とか「あの集まりには参加しません」とかを聞く。単純接触効果は「言葉」のせいで表れる。

~物言えば唇寒し秋の風~
 

アートのような・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月29日(金)06時53分23秒
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   季刊発行の蕎麦専門誌「蕎麦春秋」は、編集者が代わって2,3年?、いよいよ「東京圏一極集中」の蕎麦屋の紹介雑誌になってしまったようだ。東京圏以外の読者が少ないのだろうからムリもない。以前から「地方の蕎麦屋の紹介もしてもらいたい・・・!」との投稿が何回か載ったが、これもムリな注文のようだ。何しろ、東京には蕎麦屋が3200軒(大阪1100軒・京都500軒ほど)もあるようだから、毎号20軒ほど紹介してもかなりの年数がかかる。

 それにしても、表紙のフォトの「盛りつけ」はまるでアートのようだ。似たような「三色そば」を長野の善光寺門前通りで食べたことはあるが、これほどでもなかった。妍を競うかのような盛りつけはあまりない。さすが花の「お江戸のそば」らしい。(三色天盛り1750円とある)
 

向井潤吉の・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月28日(木)07時16分26秒
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   茅葺きの古民家を描き続けた向井潤吉の「絵」に、葉が枯れ落ちぽつぽつと残る鮮やかな色で実をつけた柿の木が民家に寄り添うように描かれていれば「似合うだろうな・・・」といつも思う。そんな「絵」を描いたのか?は判らない。

柿の木は郷愁や旅愁を、そして心の原風景をも呼び起こすものをもつものかも知れない。柿は日本、中国、東南アジアが原産地らしいから、いつの時代も人の「心」に様々な思いを宿すものだっただろう。静物絵画の多くに描かれ、それらはわれわれの気持ちを落ち着かせる「魔力」がある。

 今年も、柿が出回ってきた。しばらく眺めて「初ものの柿を味わってみたい」。
 

古い友人から・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月27日(水)07時43分7秒
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   昨日、もうとっくに忘れていた友人から「花瓶」が送られてきた。友人と云っても同じところで勤務していたこともなく、年に1,2回登山大会の準備や本番で会う程度だったが、どこか気の合う友人だった。高野山の丁石道登山や大峰山系大普賢岳、兵庫県の蘇武岳、奈良の額賀岳、伊吹山などで開かれた登山大会ではいつも宿舎が一緒になり、遅くまでいろいろな話をした記憶がある。彼は私学勤務だったので、同一校に定年退職後も講師を引き受け40数年勤めたらしい。
 若い頃からの鋳物で花瓶などを造るのが趣味で、「70才になってようやく落ち着いて趣味に没頭できます」との文が添えられていた。絵画や彫刻などの個展を開く方もいる。楽しいだろうなと・・・想像してこちらも嬉しくなった。
 

3 Kの解決に向けて・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月26日(火)08時07分4秒
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   医療関係者の「3k」の話は「転ばない、孤立しない、孤独にならない」で幾度も聞いた。転ばないは、それなりに家の中のバリアや外出時に注意する方法も分かるが、「孤立しない」が分かりづらい。
 昨日、「地域団体の会員が減るのに何か対策を・・・」が主題の男性ばかりの集まりが「会館」であって、係でもあったので参加した。
 気付いたのは、話し合いの目的から離れて「目下の政治や経済の情勢」になっていて、侃々諤々の議論になった。支持政党が様々なのが主張の内容から「判る」。やり込められた人は次回からは参加しないだろう、と思った。男性は、とかく政治や経済や宗教にまで個人の信条をむき出しにする人も多い。つまり孤立の要素はいつでもある。孤立はそして孤独につながる。肝心の「目的の話し合いは、また次回にでも」となった。

 それに比べて月一回開かれる「ふれあいサロン」の参加者のほとんどは高齢の女性だが、「料理、新たに開店したスイーツの美味しい店、着る洋服や孫の話、プチ旅行・・・」などの、決定的に意見の食い違う話題はまったくない。

 高齢者は「こり固まった意見」の持ち主が多く了見も狭くなる。これは孤立へつながる。意見の違いがあっても「聞き流す」テクニックや方法を身に付けながら「うまく相手の意見にも合わせる」ことも大事になる。でなければ、もう二度と参加したくなくなり孤独へまっしぐらになるだろうと思う。
 

似て非、そばとソーメン・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月25日(月)08時16分35秒
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   今夏は暑さもあって、朝食はそばとソーメンを半々にした。ソーメンは三輪、揖保、島原の三種類をそばは自前の手打ちのもの。ソーメンを食べ比べてみると、赤帯と黒帯、紫帯とは美味しさの違いが歴然だった。ひねもの、おおひねものと言われる黒帯や紫帯は「さすが、伝統の味」と感嘆した。また、島原のソーメン(TVで草野仁さんが出身地とあってコマーシャルに出ていたことがあったが)は初めてだった。三輪のものより少し太く、茹でも3分と長い。コシも強く、田舎風というのか洗練された味に思えなかったが、それでも長年作られてきたものらしく美味しかった。

 麺類の味は原材料によるところが大きい。ランクの低い小麦粉(蕎麦粉でも)で作られたものは、いかに製法が良くても「美味しい」ものはできない。

 ソーメンつゆも美味しく食べるための「味の決め手」になる。料理教室で習ったもの、クックパッドでみたものなどいろいろ試したが、どれもしっくりこなかった。ソーメンつゆも「奥の深い」ノウハウがあるように感じた。



 
 

お腹を満たすだけなら・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月24日(日)07時39分11秒
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   蕎麦店を紹介する専門誌を見ていると、よくまあ「こんなそばの盛りつけをしてお客にお出ししているな~!」と思う写真が載っている。それも多くの「手打ちそば店」の紹介のなかでもいくつもある。取材もほめるばかりで「辛口の評」はまったくない。
 今はそうでもないだろうが、かつては蕎麦屋の職人の階級はいくつもあり(まごつぎ、下釜、運転、中台、釜前、板前)、それぞれの役割を習得して「蕎麦職人」になっていったようで、「盛りつけ」はもっとも上の「板前」の仕事だったらしい。
 蕎麦屋を開業するのは「見よう見まねの独学でも」よいが、そばの盛りつけは「しっかりしたもの」ができて欲しいと願う。先人の言葉や知恵から学んで欲しいものだ。

 新潟の「へぎそば」、山形の「板そば」「戸隠のぽっちもり」などは、箸で一口づつまみやすく、究極のそばの盛りつけのように思う。クックパッドにも「そばの盛りつけ」が載っているが、素人でも盛りつけに工夫していて「大したもの」と感心する。
 「ヘタな盛りつけのそばなどは・・・」江戸の蕎麦職人の言う「職人として、ましてプロとして、プライドを持って欲しいね。山家のカーチャンがご馳走してくれるなら愛嬌があるが、プロとして稼業している者の恥だよ!」(藤村和夫著そばなぜなぜ草紙)・・・・もっともに思う。
 

ぐんぐん元気体操・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月23日(土)07時28分47秒
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   名称はそれぞれでも、もうこんな「体操会」が各地で始まっているかも知れない。私の住む街もこの9月から福祉会館やマンションの集会室などで始まった。もちろん高齢者の「健康づくり」が目的には違いないが、大きな理由は介護保険制度改編が理由にある。平成12年に始まって17年、行き詰まる介護保険制度のために平成29年度から要支援1・2の受けられる介護内容が「地域支援事業として自治体に移された」からでもある。
 今までは全国一律に適用された摘要内容が、自治体に移されると自治体間に「格差」も生じ自治体負担も大きくなるかも知れない懸念がある。

 かんたんに言えば、費用負担のかかる介護認定を受けそうな高齢者を「体操などで元気になってもらい」できることなら「自治体の費用負担を減らしたい」のが本音・・ではないか。そして、その取り組みの一翼を「ボランテイア」にもになってもらうもくろみ?もあるように思う。

 昨日は私の住むマンションの集会室でもその「ぐんぐん元気体操」が開かれた。参加者は5人だけだったらしく、次回も同じ程度の参加者だったら「もうやめましょう・・・か?」となったらしい。浸透するには時間もかかるだろう。

 
 

瓦そばを・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月22日(金)07時06分55秒
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   市販の「瓦そば」は食べたことはあるが、一度も、本格的なものを食べたことはない。
 かつて、同好会のY.Mさんが自宅で作ったのをHPに載せられた記憶がある。先日のそば打ち会でもその作り方を教えてもらった。茶そばを使うところに特徴があるようだ。

 ルーツは、西郷隆盛が挙兵の西南戦争の頃の兵士達の野戦料理だったのを、下関の旅館の主人が「昭和30年代に新たに考案してお客に供したところ好評で、下関周辺に広まった」らしい。今では、あちらに行けばバラエテイに富んだものもあるそうだ。茶そばとなると白菊またはそれ以上の更科粉になるが、いわれのありそうな「瓦そば」にいっそう興味が湧いた・・・。先日のそば打ち会では、それでは「皆で、作って食べよう」となった。

 
 

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