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3 Kの解決に向けて・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月26日(火)08時07分4秒
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   医療関係者の「3k」の話は「転ばない、孤立しない、孤独にならない」で幾度も聞いた。転ばないは、それなりに家の中のバリアや外出時に注意する方法も分かるが、「孤立しない」が分かりづらい。
 昨日、「地域団体の会員が減るのに何か対策を・・・」が主題の男性ばかりの集まりが「会館」であって、係でもあったので参加した。
 気付いたのは、話し合いの目的から離れて「目下の政治や経済の情勢」になっていて、侃々諤々の議論になった。支持政党が様々なのが主張の内容から「判る」。やり込められた人は次回からは参加しないだろう、と思った。男性は、とかく政治や経済や宗教にまで個人の信条をむき出しにする人も多い。つまり孤立の要素はいつでもある。孤立はそして孤独につながる。肝心の「目的の話し合いは、また次回にでも」となった。

 それに比べて月一回開かれる「ふれあいサロン」の参加者のほとんどは高齢の女性だが、「料理、新たに開店したスイーツの美味しい店、着る洋服や孫の話、プチ旅行・・・」などの、決定的に意見の食い違う話題はまったくない。

 高齢者は「こり固まった意見」の持ち主が多く了見も狭くなる。これは孤立へつながる。意見の違いがあっても「聞き流す」テクニックや方法を身に付けながら「うまく相手の意見にも合わせる」ことも大事になる。でなければ、もう二度と参加したくなくなり孤独へまっしぐらになるだろうと思う。
 

似て非、そばとソーメン・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月25日(月)08時16分35秒
返信・引用 編集済
   今夏は暑さもあって、朝食はそばとソーメンを半々にした。ソーメンは三輪、揖保、島原の三種類をそばは自前の手打ちのもの。ソーメンを食べ比べてみると、赤帯と黒帯、紫帯とは美味しさの違いが歴然だった。ひねもの、おおひねものと言われる黒帯や紫帯は「さすが、伝統の味」と感嘆した。また、島原のソーメン(TVで草野仁さんが出身地とあってコマーシャルに出ていたことがあったが)は初めてだった。三輪のものより少し太く、茹でも3分と長い。コシも強く、田舎風というのか洗練された味に思えなかったが、それでも長年作られてきたものらしく美味しかった。

 麺類の味は原材料によるところが大きい。ランクの低い小麦粉(蕎麦粉でも)で作られたものは、いかに製法が良くても「美味しい」ものはできない。

 ソーメンつゆも美味しく食べるための「味の決め手」になる。料理教室で習ったもの、クックパッドでみたものなどいろいろ試したが、どれもしっくりこなかった。ソーメンつゆも「奥の深い」ノウハウがあるように感じた。



 
 

お腹を満たすだけなら・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月24日(日)07時39分11秒
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   蕎麦店を紹介する専門誌を見ていると、よくまあ「こんなそばの盛りつけをしてお客にお出ししているな~!」と思う写真が載っている。それも多くの「手打ちそば店」の紹介のなかでもいくつもある。取材もほめるばかりで「辛口の評」はまったくない。
 今はそうでもないだろうが、かつては蕎麦屋の職人の階級はいくつもあり(まごつぎ、下釜、運転、中台、釜前、板前)、それぞれの役割を習得して「蕎麦職人」になっていったようで、「盛りつけ」はもっとも上の「板前」の仕事だったらしい。
 蕎麦屋を開業するのは「見よう見まねの独学でも」よいが、そばの盛りつけは「しっかりしたもの」ができて欲しいと願う。先人の言葉や知恵から学んで欲しいものだ。

 新潟の「へぎそば」、山形の「板そば」「戸隠のぽっちもり」などは、箸で一口づつまみやすく、究極のそばの盛りつけのように思う。クックパッドにも「そばの盛りつけ」が載っているが、素人でも盛りつけに工夫していて「大したもの」と感心する。
 「ヘタな盛りつけのそばなどは・・・」江戸の蕎麦職人の言う「職人として、ましてプロとして、プライドを持って欲しいね。山家のカーチャンがご馳走してくれるなら愛嬌があるが、プロとして稼業している者の恥だよ!」(藤村和夫著そばなぜなぜ草紙)・・・・もっともに思う。
 

ぐんぐん元気体操・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月23日(土)07時28分47秒
返信・引用 編集済
   名称はそれぞれでも、もうこんな「体操会」が各地で始まっているかも知れない。私の住む街もこの9月から福祉会館やマンションの集会室などで始まった。もちろん高齢者の「健康づくり」が目的には違いないが、大きな理由は介護保険制度改編が理由にある。平成12年に始まって17年、行き詰まる介護保険制度のために平成29年度から要支援1・2の受けられる介護内容が「地域支援事業として自治体に移された」からでもある。
 今までは全国一律に適用された摘要内容が、自治体に移されると自治体間に「格差」も生じ自治体負担も大きくなるかも知れない懸念がある。

 かんたんに言えば、費用負担のかかる介護認定を受けそうな高齢者を「体操などで元気になってもらい」できることなら「自治体の費用負担を減らしたい」のが本音・・ではないか。そして、その取り組みの一翼を「ボランテイア」にもになってもらうもくろみ?もあるように思う。

 昨日は私の住むマンションの集会室でもその「ぐんぐん元気体操」が開かれた。参加者は5人だけだったらしく、次回も同じ程度の参加者だったら「もうやめましょう・・・か?」となったらしい。浸透するには時間もかかるだろう。

 
 

瓦そばを・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月22日(金)07時06分55秒
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   市販の「瓦そば」は食べたことはあるが、一度も、本格的なものを食べたことはない。
 かつて、同好会のY.Mさんが自宅で作ったのをHPに載せられた記憶がある。先日のそば打ち会でもその作り方を教えてもらった。茶そばを使うところに特徴があるようだ。

 ルーツは、西郷隆盛が挙兵の西南戦争の頃の兵士達の野戦料理だったのを、下関の旅館の主人が「昭和30年代に新たに考案してお客に供したところ好評で、下関周辺に広まった」らしい。今では、あちらに行けばバラエテイに富んだものもあるそうだ。茶そばとなると白菊またはそれ以上の更科粉になるが、いわれのありそうな「瓦そば」にいっそう興味が湧いた・・・。先日のそば打ち会では、それでは「皆で、作って食べよう」となった。

 
 

久しぶりの・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月21日(木)07時18分11秒
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   昨日は2ヶ月ぶりの「女性そば打ち会」、5人が参加された。「そばは美味しい」、だけど本格的な手打ち蕎麦屋のそばは値段が高い。蕎麦屋のしきいを高くしてしまったのは、蕎麦屋のと言うより蕎麦粉を扱う業者の責任が大きいのではないかと思う。蕎麦栽培の農家から蕎麦粉を販売する業者までの流通過程の「不透明さ」はそばが主食でもないせいで、一向に解明されない。

 そば打ちは間が空けば「切り」までの手順に迷い、美味しいそばにつながらない場合が多い。そば打ちは工程のそれぞれに「洗練された」ワザがある。昨日の皆さんのそば打ちは、間隔が空いていて「若干の不安」を感じられたと思うが、美味しいそばをうまく打たれた。手打ち蕎麦を自前で打てる、これ以上の喜びはない。

 今年の夏は蕎麦粉の保管に苦労した。保管法をいずれ「掲載」したい。

蕎麦粉(北海道沼田産)800g つなぎ(カメリア)200g 加水量440cc
 

水桶の・・・・ 

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月20日(水)07時40分43秒
返信・引用 編集済
   上の続きは「・・・なすやきゅうりがお辞儀する」だったか??こんな句のような光景がみられる水のきれいな土地にあこがれた時期があった。事情が許せば引っ越しもしたいと思ったくらいだったが、叶わなかった。
 「いい水が出るので・・・」と日本古来のみそ・しょうゆ・酒・酢造りなどは、「すべてわき水を使い水が命」と醸造元は言う。そば打ちも軟水を使うが、「そばつゆ」はかなり水に影響される気がしていた。そのため蕎麦屋も水道水を使うところはない。

 そば打ち教室では硬度55mg/リットルの軟水を使っている。硬度の高い水はお腹をこわしやすいと言われる。そこで、世界保健機関(WHO)は水の硬度の基準を設けていて、硬度120以下は軟水、120度以上は硬水と呼び、日本の水道水はすべて「軟水」に区別されている。因みにコンビニなどで売っているエビアンは300、コントレックスは150、ボルビックは約60、硬度は水の中に含まれるミネラルの量によるもの、単位は mg/リットル。ただ、日本の水道水は「軟水」に分類されるが地域によってかなり開きもあるらしい。

 そば打ちそのものは「軟水」なら、大きく影響することはないと思う。「つゆ」は硬度でかなり違う実験結果がある。伏木亮著の「だしの神秘」によれば、硬度20,50,80度のこんぶ・かつおの合わせだしでは20では透明感にかけ、50はうまみの強さが鮮明、80は両者が融合しかつを節が優勢でうま味は弱いとの結果とある。硬度80は関東の水道水に近いことからかつを節の特徴を、50は関西の水道水に多いことから昆布でだしを引く・・・なるほどと思った。

 
 

常陸秋そば・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月19日(火)07時19分59秒
返信・引用 編集済
   Y君達が「翁」で食したそばは、「常陸秋そば」と出ていたから「昨年(あるいは一昨年)収穫した蕎麦」だと思う。茨城県金旧砂郷(かなさ)現常陸太田市で獲れる在来種の蕎麦で、「美味しい蕎麦」として全国に名をとどろかせている。
 また、「摩周」は北海道弟子屈(てしかが)でわずかに獲れる蕎麦、こちらも最近もてはやされている。金砂郷蕎麦も北海道産蕎麦粉も早くから高橋邦弘が「使っているそば粉」と自著に書いているから「翁グループ」はどこでも同じ蕎麦粉を使っているのかも知れない。「ざるそば」の味は大きく蕎麦粉に左右される。

 千里そば打ち教室では、秋には毎年一度「常陸秋そば」や「岩座神(いさりがみ)」の秋新を講師が打って食べさせてもらった懐かしい想い出がある。

 北海道は9月頃から、東北や甲信越の各地は10月そして11月になると兵庫県三田や滋賀県でもと「新そば祭り」はしだいに日本列島を南下して行く。あちこちの新そばを食べてみたいが、あの混雑する多くの人出は苦手で未だ遠くまで出掛けたことは無い。
 
 

嬉しい気持ちに・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月18日(月)06時22分58秒
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   2004~2009年の6年間、9月から翌年3月まで毎週水曜日に北浜「島ビル」で開かれる「北浜セミナー」に通った。歴史や法律やら経済など素人に分かりやすく「解説」してくれるセミナーだった。全23回の講義に出席すれば「終了証書」がもらえた。梅新から少し先の往き道のそれたところに「なにわ翁」があり、毎年何回か入って「ざるそば」を食べた。
 初めて店を見つけたときは「う~ん、ここがなにわ翁・・・」と感動した。「藍染め?」ののれんと言うより垂れ幕のようなのがかかっていた。昼時の店内は「独りでそばを食べている客」が多かった。高橋邦弘仕込みの翁流「やや固茹で、細いそば」は、量も少なくとても昼食の代わりにならなかったが、これが本物の「手打ちそば」かと、感動したものだった。

 それにしても「Y君の投稿」に大いに嬉しくなった。本物を味わうのには「労もお金も惜しんではならない」はその道を志した通人のことば・・・。なにわ翁は「そば好き、そば打ち好き」をわくわくさせる。いずれ、通人を自認するY君に詳しく「感想」を聞かせてもらえるのが楽しみだ。

 ついでながら、「なにわ翁」は大阪地方・高等裁判所、それに大阪には似つかわしくないほど立派な「弁護士会館」にも近い。弁護士バッジをつけた人達が2,3人、ときには数人が押し黙って「裁判所に向かう姿」に幾度も出会った。どこか疲れた「表情」には、TVサスペンスの颯爽とした弁護士姿とはほど遠いものだった。
 

なにわ翁 で蕎麦を食す

 投稿者:H.Yoda  投稿日:2017年 9月17日(日)09時36分55秒
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   お邪魔します。
昨日、12回目となる大阪クラシック最終日の69公演と73公演の間に一度行ってみたかった、老松町の蕎麦の老舗 なにわ翁でざる蕎麦を食べました。

蕎麦は細目で、さすが一人前ずつ茹がくとあって、茹でぐわい、のど越しは良く、教室で先生がレディースに指導している蕎麦はこれかなと思えるものでした。

もちろん、だしも蕎麦湯で堪能しました。 また機会があればまた行ってみたいものです。

翁でスタッフ募集中です。如何ですか?

 

敬老の集い・・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月17日(日)08時34分28秒
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   毎年、9月第3週は地区の「敬老の集い」が小学校で開かれ地区社協の主催としては「もっとも大きなイベント」になる。8月初めに会議が開かれ、学校との打ち合わせや舞台の下調べなどで今年もかなり時間を取られた。

 昨日は予定通り行え、雨の中を7,8百人の参加があった。もう十数年同じ「舞台まわり」の係を務めているが、容赦のない「お叱り」を受ける。緞帳の上げ下げの「板付き(幕があく前に舞台上に出演者いる)」や「陰板(あく前にはだれもいない)」などの舞台設定は、毎年変わる小学校PTA役員と一緒だから、係との連携プレイはうまくいくときと失敗するときと様々だ。

 予定通りすすんだときの「嬉しさは格別」で、昼食も忘れる。昨日、昼食をとれたのが午後3時の閉会式の前、午前8時に自宅を出て帰宅は午後5時だった。
 

ほっこり・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月15日(金)06時30分31秒
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   長年の疑問が解けた・・・・。

 明治20年代生まれの祖母は、比叡山に連なる里山の裾にある「お寺」の行事から、帰宅するといつも「ほっこりしたわ!」と言いながら上がりかまちに腰を下ろしていた。こどもながら、顔の表情からも「あ~、疲れた!」の意味に思っていた。ところが近頃、ほっこりが「癒やされた」とか「気持ちが和らいだ」の意味で使われている。昨日もNHKのラヂオの番組でアナウンサーが視聴者の「庭先のほっこりした花に、本当にほっこりさせられました」とのメールを読んでいた。

 一昨日の「朝日新聞」に、「『ほっこり』は上方では江戸後期には『疲れる』と同じ意味で使われていた」との日本史の学者の話が載っていた。そして、京都市の女性(90才)の話を紹介し、「明治生まれの母親は“疲れる”という意味で使っていた。自身は『疲れたが、ほっとする』、娘(58)は『ほっとする』という意味で使っている」とも書かれていた。言葉の使い方の移り変わりはあるものの、どれも、「疲れた」が本音で、それに「やれやれ」との思いが隠れているように思う。

 生まれ故郷の滋賀県大津は「京文化に色濃く影響されて」いて、今も、京都を「京(きょう)」と言い言葉も京言葉に近い。大津と言ってもかつての滋賀郡は編入されるまでは、湖西の片田舎だが仰木峠(おおぎ峠)を越えると大原へ抜ける京への近道もある。京都の「ほっこり」を祖母はそのまま使っていたと思う。

 「ほっこり」は宮廷の「雅(みやび)」な言葉ではなかったかと思う。それが地方へ広まっていく間に、言葉の優雅さに「ほっこりが・・癒やされる」に変わっていったのではないだろうか・・・ちょっと勝手すぎる推論&解釈かな・・・?

 
 

居場所造り・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月13日(水)07時26分51秒
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   定年後に活動していたセカンドライフの範囲も、後期高齢者になるとサードライフと呼ばれるようになり、ライフスタイルも変わってくる。制度上も年齢別区分がはっきりしていて、それぞれに合った生活をせざるを得ない。気力も体力もまだまだアグレッシブに活動できた年齢から、社会との関わりの範囲が限定され「守り」の生活になる。
 最近「サードライフの居場所づくり」が提唱され、注目を浴びている。自身の存在や果たせる役割を保ち社会との関わりを絶やすことのように生活する・・・と言うことらしい。

 PTA会長から地域の役員を引き受けられ、長年福祉活動に貢献されてきた方が4年前に辞められた。今年春にお会いした際に聞けば「もう、何もしていません」「今年は、後期高齢者の仲間入りです」とのことだった。かつては、夏の盆踊りのテントの下ではその方を囲んで人の輪ができるほどだったが、今年はそんな光景もなく早々に帰られた。

 サードライフは、いつも元気で過ごせる年齢区分ではない。通院に多くの時間を取られたり、家族も友人も少なくなり、孤独感にもさいなまれる。野球で言えば守りも攻撃も「こじんまり」としたものになる。「それを受け入れて、孤立することなくいつも社会とかかわることが重要」だと説いている・・・・。

 
 

カテゴリーとジャンル・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月11日(月)08時17分49秒
返信・引用
   初任校の職場に「仏師」になっても名をなしたのでは?と思うくらいの仏像作りに長けた方がいた。お宅に伺うと、大きな仏像が何体も置いてあった。中国地方「某藩」の藩士に漢学を教える家柄だったとか・・・。また、「星」を語れば追随を許さない、自宅に簡易天文台」をもつ方や、クラッシク音楽に造詣の深い方、尺八に魅せられたちまちのうちに「都山流」の段位をとった人などもいた。さらに、電気工学の専門の方のなかには大阪大学の専門誌に研究論文を投稿する方もいた。それぞれの専門の分野(ジャンル)に名を馳せた方や、趣味に抜きんでた「才能」を発揮している魅力的な人が多くいる「宝庫」に思えた。

 それの方の話を聞くと、こどもの頃から何となく「いいな!」「素晴らしいな!」とかそんな思いをもっていたらしい。過日、仏師で有名な山本龍門のTVを見た。この方は専門家だが、この人もこどもの頃から木を彫ったりすることが好きだったらしい。感心したのは「この町を仏像で幸せにしたい」との思いで彫っているとのこと、素晴らしい言葉に思えた。そう言えば「星」を教えてもらった方は、国語が専門だが星を知る学者ではなくギリシャ神話のロマンを語る「語り部」に見えたものだった。
 貢献の対象を見いだした人は幸せである(亀井勝一郎)の言葉そのものに・・・思う。
 

フル・スペック・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月10日(日)07時07分22秒
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   「悠々自適の生活を楽しんでおられるのでしょうね・・・」と残暑見舞いをもらうと、「のんびりと余生を楽しんでかのように思われているのかな?」、といささか腹立たしくもあり、ひとの日常は他人には分からないものらしい、と気持ちを落ち着かせる。

 昨日、地区小学校へこの16日に開かれる「敬老の集い」の打ち合わせに行ったら、PTA役員室に見知った顔の若い女性がいた。それもそのはずで、幾度も福祉会館で顔を合わせる近くの介護施設で働いている方だった。平日はフルタイムで働き、土、日はこどもの通う小学校のPTA役員をしているとか・・・あの忙しい介護職をしながら「よくまあ~!」と感心した。まさにフル・スペック(仕様書のすべてを満たす=最近はやりの業界用語だが)の典型みたいに思った。

 幾人かの独り身の友人なども、炊事・洗濯・買い物、いろいろな手続きのための役所や銀行通い・ふだんの通院・ご近所の付き合いに、順番のまわってくる地区の役員など「フル・スペックの日常で音を上げている」と言う。自宅近くの長い間の「ゴミ屋敷」老人の家も、そんな生活の破綻者だったのかも知れない。先日、前を通ったら更地になっていた。
 

無智のなせる・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月 9日(土)08時24分5秒
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   今年も「枝豆」を食べる機会が多かった。農家でもなかった生まれ故郷では「枝豆」を食べることがあまりなく、塩ゆでする枝豆の香りに嬉しくなったものだった。

 高浜虚子の句に「枝豆を喰えば雨月の情あり」がある。枝豆の季語は秋九月だから「秋雨前線」のせいで9月は(長月とは別に)雨月ともいい、雨で見えない日の多い月のことだと長い間、思っていた。雨月は旧暦5月の雨模様で「月の見えない状態」のことで、見当外れの思い込みと無智に恥じをかいたことを思い出した。

 10月の初めは「三田永沢寺」でそば打ち段位認定会が催され、平成17年初段を受検する際に初めて家人と訪れた。早朝の霧の立ちこめるあたりの景色に家人共々「感嘆」した。その後、受検する人達に付き添って何回も訪れたが年ごとに2段位、3段位と受検ランクが上がるたびに季節は進み、秋の終わりの枯れ葉舞う季節まで続けて7年も訪れた。

 受検の行き帰りに「丹波の黒豆の枝豆」を幾度か買って帰った。香りの高い大粒の豆はまさに美味・・・。だだちゃ豆に劣らない。ビールのつまみにベストに思えた。あれから、もう8年も三田へは行っていない。

 
 

産地表示は・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月 8日(金)06時50分16秒
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   この9月から国内で製造される加工品のすべてに産地表示することが始まった。4年半後にはすべて表示が切り変わる。「どこ産のどんなものを食べている」かが分かる仕組みだが、これにも例外ルールがあってややこしい。
 蕎麦は8割近くが輸入もので、国産ではまかないきれない。恐らく蕎麦製品の大半(ざるそばもそば焼酎なども)は外国産(主に中国産)を食べ呑みしていることになる。特に、加工品は産地ではなく製造地を表示するのだから、乾麺などは外国産蕎麦粉を使っていても「国内製」とのなるのだからまぎらわしい。

 食物は「産地」にこだわるものが多いが、蕎麦は特別に産地にこだわる。国内産でもどの地のどの品種かまで、その味や香り喉ごしにこだわってきた長い歴史もある。最近は日本の品種を現地栽培して輸入する傾向もあるが、土壌にあった「在来種」などは特別の高級品扱いされ高値で取引されている。外国産の安い価格のものはそれなりに「理由」もある。

 昨年の国内の蕎麦の収穫量はおよそ2.8万トン、もっとも多かった年(H24)は 4.4万トン、一昨年は3.5万トンだから高値になるのもうなずける。そばなら「産地や品種にこだわらない」という向きは論外だが、蕎麦粉にこだわるそば好きに取っては「覚悟を決めて・・・」という値段になりつつある。
 

そばの花の花ことば・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月 6日(水)08時02分56秒
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   17世紀トルコの貴族の間で流行った「花ことば」はやがてヨーロッパに広まり、19世紀に日本入ってきたらしい。可憐な花にことばを添える代わりに「花ことばを付けた花」を贈る振るまいが上流階級にもてはやされ広まったそうである。また、国によって違った花ことばもつけられ、褒めそやすことばもあれば非難中傷するものもあるのも面白い。また、花の咲く野菜にも花ことばをつけられた。

 そばの花の花ことばは「懐かしい想い出、喜びと悲しみ、あなたを救う」・・・・。因みに大根は潔白、ごぼうは人格者、ほうれん草は健康・・・らしい。

 「蕎麦」も最近は寒暖差のある休耕地や転作のために、多く植えられるようになってきた。ただ、他家受粉のため交雑を避けて他品種の「蕎麦」は植えられない。それに民家に近いところでは花の「特有の匂い」のせいで訴訟騒ぎになったところもあるらしく、あまり歓迎されないようだ。匂いは「たくさん出る密」にあって、受粉を促したい「蕎麦の智恵でもある」と解明した学者もいる。簡単そうで、難しい作物でもある。
 

仲間がいれば・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月 5日(火)08時18分24秒
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   若かった頃、幾度となく近郊の山へ単独で出掛けた。土曜日、職場を昼食もとらずに午後2時頃に出て中山連山を縦走したときなどは、秋の陽は速く落ちひっそりとした満願寺ではあたりは真っ暗だった。最明寺滝から平井に下りたときは午後8時過ぎ、空腹に悩まされた。また、やっと手に入れたドロミテの靴を買ってわくわくしながらの芦屋川から有馬への単独行では、「靴擦れに悲鳴を上げていたとき・・・」、めざとく見つけた年配の単独行の登山者は「痛いやろう・・」とバンドエイドをくれた。冬の京都「愛宕山」では、歩き始めから雪に手こずり寒風も強く手袋の手も凍えるほどだった。夏には楽に登ったのにと思いながら、冬の単独行は心細かった。愛宕山の神職の方は「よくもまあ~こんな日に」と驚かれた。もっとも、きびしかったのはこれも故郷の山、帰省したついでに武奈ヶ岳登山からの下山に「堂満岳」に寄り道し、α(アルファ)ルンゼで滑落した。首から下が雪に埋まりルートから外れていたので登山者もいなく「もうダメか・・・」と思ったほどだった。いずれの場合も「加藤文太郎」なら、と力の無さを知った。若かった20代のころだった。

 登山もそば打ちも仲間がいれば、仲間がいればこそ楽しい・・・といつも思う。
 

有り難う!モーリス君。

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月 3日(日)17時12分4秒
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   現地で眺めたら感動ものだろうね。素晴らしいね・・・。  

咲き初めし可憐な花が???

 投稿者:モーリス  投稿日:2017年 9月 3日(日)15時05分35秒
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  奈良櫻井方面にある笠地区へ、そばの花を見に行きました。まだ早いかなと思いながら現地に着くと、もうすでに周辺一面に咲きほこっており、少し小さいめの花でしたが一生懸命に咲いておりました。まだまだ見ごろの時期が続くと思われますが、恐るべし台風等が今後の蕎麦粉の価格にも影響を及ぼすのかなと思うと小さな幼い花ゆえ、少し寂しい気がしました。
何とかしおれずにたくましく育ってくれと思いながら、爽やかな風を受けツーリングもどきを兼ねて走って来ました。先ずは近況まで
 

ようやく涼しくなった・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月 3日(日)07時22分23秒
返信・引用 編集済
   今年ほど暑さを感じたことはなかった。生活は例年に変わることはなかったが、外出する機会が減った。友人達も「高齢」になり、集まって何かをする気力が萎えたのか「集まるための条件」がきびしくなり、日程を決めては流れてしまった。

 「断じて行えば鬼神も避く」は好きなことばで、若い頃、近郊の山に登るのに詳しく打ち合わせをしなくても「○○に何時集合」とだけ連絡すれば、所属の「山の会」の誰かがやって来ることが多かった。(もっとも誰も来ず、単独行も何回もあったが・・・)。今は、古い山の仲間の「集合の打ち合わせそのもの」に時間がかかる。

  独りで「そば打ち」をしていると、様々なことが頭をよぎる。いっそう上達したい気持ちと、これくらいで良いのかな?と思ったり。そば打ちは One for One なのかも知れない。









 
 

8月のそば打ち・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 9月 1日(金)07時13分28秒
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   今年8月は4回しかそば打ちが出来なかった。来客は身内も含めて何組かはあったが、そばを食べてもらったのは1回だけだった。1kgを打てば12~13人分になるので、毎週一回打てば毎日1食は食べることができた。TVの旅番組には必ずと言っていいほど「そば」を食べるシーンがあるが、夏場はさすがに少ないように思う。暑さに負けて、加水量もいい加減になって「悪戦苦闘」したときもあった。そば打ちは「加水」がすべて、間隔が空くとそれもいい加減になりがちになる。

 今年の夏の東北・北海道はずいぶん天候不順だった。そばの出来具合はどうだったかな?と気になる。豊作だと買いたたかれ、不作でも買値が上がらない・・・と北海道幌加内町長が嘆いていたが国産そばの値段は「怪」と言われるほど、不透明なところを感じる。この7,8年で1.5倍になった。

幌加内の夏と喜心庵の冷やおろしそば
 

悩みの尽きない・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月31日(木)08時40分32秒
返信・引用 編集済
   昨日、昨年末で民生・児童委員を辞められた知人女性のお宅に伺った。互いのこどもがボースカウトにいた頃からの知り合いだから30年にはなる。9年間、委員を勤められたらしい。民生・児童委員は75才までらしいからやっと70才になったその女性は、まだまだ勤められる年齢だったはずだがと思っていた・・・。

 9年間の話を聞けば「たいへんな労力(神経も」を使う役目らしい。認知症の高齢者や引きこもりの若い方、親子や夫婦間の家庭内不和や虐待の相談・・・解決の糸口も見つからないないままの対応もあったらしい。枚挙にいとまのないほどの「悩みごと(トラブル)」の相談に「神経も擦り減りました」と言っておられた。ご亭主とは「呑み仲間」なので「男性はストレスの解消ができていいですね~!」と皮肉られ、ご亭主と顔を見合わせた。

 思えば9年前、亡くなられた元委員長に「引き受けくれないか」と依頼され、お断りしたいきさつがあって「申し訳ない」気持ちもなった。
 

歩行数と歩行速度・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月30日(水)07時56分46秒
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   首の牽引をしばらくサボった。整形医院までは二千歩足らずだが、医院に着けば汗びっしょりになり帰りは歩数を稼ぐために遠回りして帰ることにしているので、汗の量を思うと暑さについて行けなかった。マッサージ師からは「久しぶりですね」と言われたが、この間も日々の散歩は欠かさなかった。かかりつけ医も「歩いていますか?毎日でなくても良いですよ・・・」と言われるが、経験からそれにはうなずけない。1日休むと次の日は散歩のための散歩がおっくうになる。例え1000歩ほどでも「毎日歩いた方が良い」が「勝手な持論」である。

 6年前アメリカで「歩行速度余命年数」の論文が出て大きな「反響」だったらしい。なかの文に「速く歩くと、より多くの酸素を運ぶためにたくさんの血液を送り出すポンプである心臓が鍛えられる。脳への血流も良くなり、脳全体が活性化して脳の老化をふせぐ。記憶にかかわる“海馬”で新しい脳細胞を育てるタンパク質を増やす。つまり足の筋肉は心身機能のすべてに影響している・・・(サントリーの美感遊創から)」。

 あの伊能忠敬は55才から71才まで、およそ地球1周分4万kmを精力的に歩き続けた。地図作りの目的があるとは言え、上述の「論文」そのものに思う。しかも食べものは「豆腐、とり肉、長いも、かつを節、菜っ葉類」、速歩の見本のようだ。

 
 

五官と五感のするどさは・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月29日(火)08時28分11秒
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   五官は身体の器官の目、耳、鼻、舌、ひふ、五感はそれから感じる視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚をさすようだが、五官・五感に優れたものの持ち主がいるものだなと感心した。

 一昨日やって来た若い方の中に、こちらに分からない「そばの香り」を感じ、使っている「つゆの昆布」も言い当てた。当てずっぽうかなと?聴いてみたら、昆布を取り扱う商店に勤めていたとか、驚いた。北海道産の昆布には「利尻昆布」「真昆布」「日高昆布」「羅臼昆布」くらいは知っていたが、それに「長昆布」「厚葉昆布」なども産地によって分けられ、味も使い道も分けられるらしい。

 何よりも、食材の「腐りかけ」のかすかな腐臭や、ビールや発泡酒の違いもかんたんに分かるらしく、「飲み屋などに男性の方達と行っても、かえって困るときもあります」とのこと、洋酒のテイステインクのような仕事に憧れたときもあったらしい。鋭い五官・五感の持ち主は「そばの味」は美味しかったのか?否か?、ただ、「美味しいそばでした・・・」が答えだったが???゙


 
 

今年の夏は暑さと共に!

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月28日(月)07時10分31秒
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   ひっそり過ごせた夏と、人の出入りや、会わないながら気のもめる夏を過ごした夏と、今年は後者だった。特に予定していた友人達との集まりも、うまくいかず「おじゃん」になったが、未だに常時開けていないPCでしかメールのやりとりをしない友人もいて、一通のメールにも2,3日かかることも多々あった。

 また、身内や家人の友人の来訪など、いつもの年より多く慌ただしかった。病院通いに身であっても「元気そうでいると」、普段どりに訪れても差し支えないように思ってくれているようで、「嬉しいやら有り難い」やら・・・これに限ると思った。

 「自ら楽しみ人を楽しませてこそ、生まれた甲斐ががある」とは江戸時代の貝原益軒の言葉だが、確かにそのようである。残暑はきびしそうだが、9月には「敬老の集い」や10月には所属団体の「総会や懇親会」がある。準備に時間が取られるが、しんどい、つらいはさておいて「自ら楽しむことに」したい。
 

2ヶ月後の行事に向けて・・・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月27日(日)07時45分46秒
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   昨日は「いも畑」の「つる返し・水やり・雑草取り」の行事日だった。明け方の雨で涼しく作業も楽だった。参加団体は「共働きの家庭」、「帰国(子女)の会}それに「支援の必要なこどものいる家庭」の三団体だが、昨日は「帰国の会」から中国人の父親も参加された。今までもフィリピン人やベトナム人のお母さん方の参加もあった。のべ10人ほどで、7月、8月がもっとも少ない。

 暑く蚊に悩まされる作業は、経験のないものにとってはつらい作業だが、この作業もあと一回で終了する。家庭菜園を経験している四,五十才代の委員も増え、お陰で楽しくスムーズに運び短時間で終了できるようになった。それにさつまいも以外に、ほんの少しだが里芋、枝豆、大葉、オクラなども植えていてそのまわりに集まって「家庭菜園談義」になることもある。

 オクラの「花」を初めて見た・・・・
 

そばを打つ・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月26日(土)07時49分8秒
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   昨日は暑い中をそば打ちをした。「暑い日に・・・」と家人は言うが、そば粉の賞味期限は待ってくれない。そばを打ちながら「打ち立てを食べたいな~」思いにかられる。そば打ちは間隔が空くと「雑」になる。失敗しても「自分で食べるのであればいいかな・・・」とも思ってしまう。

 千里中央にも何軒かの蕎麦屋がある。かつては買い物などに出掛けた際にはたびたびそばを食べたが、最近は蕎麦屋に入るには「勇気が要る」。そばの価格が上がってきたので、「コストに見合う味なのか?」と思う。「がっかりするぐらいなら、自分で打ったそばを食べよう!」となる。

 一時、頑張った自分への「ごほうび」とか、ぐっとささやかに「プチ・ごほうび」などの言葉がはやったが、そば好きに取っては「美味しい手打ちそば」が手軽に食べられるなら、自分へのごほうびを連発したいのだが・・・・。
 

陰私を発かず(いんしをあばかず)・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月25日(金)07時38分56秒
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   家人の通院する病院から様々な原因で外の病院へ入院する患者も多いらしい。病院関係者は一切その事実を明らかにしないので、同じ病名で通院治療を受けている親しいお仲間だと「お見舞い」にもいけないと嘆いている。プライバシー保護の観点からかも知れない。

 逆にボランテイア仲間の中には、必要以上に年齢、職業、出身地、卒業学校、家族構成などを聞く人もいる。これは迷惑なことで不快感はまぬがれない。聞く本人には「悪気」はないのだろうが「悪気がないでは済まされない」・・・・・。

 あの江戸時代の初期にも「人生訓」の一つとして「陰私を発かず=他人の隠しておきたいことをあばかない」ようにと戒めている。個人の隠しておきたいことはまさにプライバシーであるが、それをことさらに根ほり葉ほり聞き出し他人に吹聴するなどは「決してしてはならないこと」としている。

 のべ200人以上もの親子が参加する「いもほり行事」でも、各団体のいもほりの役員の中には「信頼関係」ができるまでは、連絡先の住所・電話すら教えない人いる。俗に言う「プライバシー保護が一人歩きして」「連絡だけに使います」と言ってもままならず、事柄を難しくしていることもある。
 

足踏みそば・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月24日(木)08時53分22秒
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   若い頃、初めて観光で四国を訪れ高松で食べた「手打ちうどん」の美味には驚いた。そして、このうどんを「足で踏んで」作ることにさらに驚いた。茨城県の水沢うどんもやはり足踏み製法のうどんで、以前、NHKのTVでも紹介していた。

 そばの「足踏み」は滋賀県大津市の坂本にある「鶴喜そば」もそうだが、3kg以上の大玉を打つには手でこねるのはとてもムリがあると思う。東京にも足踏みそば屋があるらしい。麺棒は極限まで細く、小間板の枕は包丁が飛び出れば指を切れそうなほど低いものを使い「そば打ち」のワザを競った江戸のそば打ち職人達が「足踏みそば」を打つなどは考えられなかった。

 東京日本橋にある明治35年創業の「日本ばしやぶ久」は、4代百年続いた「足踏み製法の外二そば」屋と紹介されている。明治30年代は日本のそばの栽培がピークだったようで、東京にも多くの蕎麦屋もあって「足踏み製法」でなければ、お客がさばききれないほどだったのかも知れない、と勝手に想像しているのだが・・・・。

 
 

調理と料理・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月23日(水)08時45分18秒
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   夏は料理に苦労する。手の込んだものはつくる気がしないし、あまりかんたんだと「からだ維持によくないかな?」と思ったり。数年前、夏の間だけ「弁当」を頼んだことがある。冷蔵で運ばれてくる弁当は、管理栄養士のつくるものだけに食材はバラエテイに富んでいるが、いささか味付けが合わなくて「ちょっと不向きな」気がして、それ以来やめた。

 食材の調理法や料理法は料理本やメモもあり、料理の月刊誌も取っているが、「暑さと闘いながらの毎日の料理」は、続けることの“しんどさ”が先に立ってしまう。

 先日、もう10年も独り暮らしの友人に会ったときにそんな話になった。やはり苦労しているらしいが、月のうちの1/3は外食して、2/3の分は一度に多く作り「冷凍している・・・」大きな冷凍庫も別にもっていて、野菜類の多くも「茹で」て冷凍しているらしい。

 男性の独り暮らしの友人は外にもいるが、とうとうと世情やこちらが若かった頃の発言をあげつらったりするタイプの友人よりも、毎日の生活に密着した話題を提供してくれる友人の方がいっそうなじめるようになってきた。



 
 

一人旅・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月22日(火)07時42分52秒
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   一人で旅・・・気ままで楽しいものに思うが案外、面倒くさい。
 ずいぶん昔には、北海道や東北の登山の帰りに仲間達は勤務の都合で帰阪し、そのあと途中で別れて一人旅をしたことが何回かある。まさに「ビンボウ旅行」で、ろくなものを食べず、泊まるところも居心地のよくない宿が多かった。今は母のふるさと新潟を訪ねた際に、少しだけ寄り道したり、遠回りで帰阪するくらいの一人旅になった。

 何もかも行き当たりばったりの一人旅は列車の時刻調べや、宿さがし、それに食事などすべて一人ですることになるので、「一人旅を楽しんでいられない落ち着きのない旅」だったが、それでも若いせいで楽しかった。そして、東北や北海道は重いザックを担いだままの一人旅のお陰でかなり詳しくなった。

 TVに「一人旅を楽しむ」番組がいくつかある、何もかもスタッフによる「段取りができて」いるように思う。「呑み鉄」や「こころ旅」を気に入っていて楽しめる番組だったが、スタッフの笑い声が入っていたり、入る「飲み屋」も「食堂」もあらかじめ下交渉ができているのを感じて、興味が半減した。



 
 

もつべきものは・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月21日(月)08時13分19秒
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   いかにいます父母、つつがなきや友がき・・・と続く唱歌「ふるさと」はいつも郷愁を誘う。とは言え、ふるさとの小学校の同窓会に出席すると、酔うほどにちょっと「どろどろした人間関係」があることに気づく。

 俳聖と呼ばれた芭蕉の門弟の間にもかなりの確執があったらしい。同門の足を引っ張るもの、後援者のお陰で権勢を得て後援者の没落で世から忘れ去られたもの、ひたすら芭蕉の跡継ぎを狙うもの、恐らくどの世界も同じなのではと思う。

 われわれの友人関係も「似ている」。特に高齢になると生活レベルの落差は大きく、少なからず富を得たもの、不幸に見舞われたもの、生活に汲々としているもの、それぞれに生活スタンスや付き合いに差を感じる。もつべきものは友とはいいながら、その生活の現実に直面すると「もつべきもの」とは言いがたい。同じ故郷だから、同じ学校を出たからなどのアイデンティティーは高齢になると友人間でも「無意味」になるということか・・・ と感じる。





 
 

老人は怒りやすい・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月20日(日)07時57分50秒
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   昨日は「何んでも相談日」の当番だった。二人一組だが相棒の女性が欠席だったので、事務室に3時間独りで、電話待ちをしたが「一件もなかった」。過去の記録を見ていると「外では柔和な老人が家では奥さんを怒鳴りつけている」・・・「どう言ってあげたらいいんでしょうね」とのメモが残っていた。

 怒りの本質を知りその解決へアドバイスする「日本アンガーマネジメント協会」という団体をある雑誌で知った。1970年代にアメリカで生まれ、今や日本でも注目を浴びているとか・・・。その雑誌に「怒りについて」の分析や、対処法などが載っていた。

 怒りの原因は「自分自身の譲れない価値観(○○すべき、△△すべき)」にあると言う。長い間の人生経験から、こり固まった「価値観」は老人ほど多くあって、自分のもつ価値観は誰にでも通じる共通のものという考え(錯覚?)から、それから外れた他人の言動に「怒り」をおぼえるのだそうである。(若い人でも、独特の価値観をもつ人はいくらでもいるが・・・)

 自分自身の怒りの対処法は「イラッときたら・・・・」、どんな怒りもピークは長くて6秒、これを越えたら落ち着いて対処できるとのことで ①頭の中をまっ白にする ②数を数える(100-3、97-3・・・のように)③心が落ち着くフレーズを唱える ④深呼吸をする などが有効らしい。
 もう一つは体質改善法、怒りの見える化を計る。つまり怒りを点数化(アンガーログ)して、怒りをコントロールする。やがては、怒りにまかせた行動を取らなくなっていく、とのこと。

 これには残念ながら怒りをぶっつけられた側の対処法が載っていなかった。

 
 

そば打ちは大好きだけど・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月19日(土)07時47分39秒
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   大阪府立園芸高校の「そば打ち部」の記事が今朝の朝日新聞に載っていた。

  平成23年から開かれている「そば打ち甲子園」こと、「全国そば打ち高校選手権」の二年連続の団体戦優勝と三年連続個人戦優勝校は、群馬県立利根実業高校・・・同高部員の女子高校生逹の言葉が上の題名のあとの「・・・・・そばの味は好きじゃな~い!」と続いている。無邪気に笑っている女子高校生にぴったりで、思わずこちらも笑ってしまう。
 週一回、授業の中でそば打ちをして、放課後は週三回打ち、今年で7回目になるそば打ち選手権では団体戦3連覇を狙っているらしい。30校以上参加する高校生は関東以北がほとんどで、関西圏からは3校のみ、やはりそばの文化圏にぴったり合う。府立園芸高校も、3位に入った実績を持っていている。

 それにしても確かに「若い女性や男性」が「ざるそば」を食べているのをほとんど見たことがない。

 「蕎麦春秋第42号(リベラル社)」から

 

何でも言える仲と思っていても・・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月18日(金)07時33分46秒
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   高齢になると独り身になる人も多い。「独り身」は思わぬ苦労も多いだろうな・・と思うが、当人達もそうでない友人・知人がうらやましく思える人もいるらしい(決してうらやまれる状況でなくても)。昨日は、午前中当番の「福祉会館」の留守番で詰めた。二人でだが、もう一人も顔馴染みの高齢の女性だった。

 3時間ほどの間に、経験した話(電話で)をとうとうと聞かされた。およそ六十年ほど付き合って仲が良いと思っていた(独り暮らしの)友人から、初めはほめてくれているのかな?と思っているうちに、やがて愚痴になり、最後は「あなたはいいわね・・・」と始まって「若い頃にあなたに意地悪された」と攻撃的になった。わたしは何も言わなかったけれど、「そんな風にわたしを見ていたのかしら・・」と愕然としたと。

 奥さんに先立たれて「独り暮らし」の友人が幾人かいる。そうして、似たような経験を幾度かした。それもささいなことと思えることで「友人」は腹を立てていた。「愚痴に同情する相づちや、笑み」にもである。「うなずいているけれど、分かってくれているンか?」と。

 当番を終えての炎天下の帰り道では「友人」とは何だろう・・・と自問自答しながら複雑な気持ちになった。少なくとも、「何でも言える仲でも、決して言ってはならない言葉もある」と思いつつ・・・。
 

夏の暑さに閉口・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月17日(木)06時35分23秒
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   今年は暑さがこたえる。整形に通うのを休みがちになっても、「福祉会館の相談窓口」や「敬老の集い」の会議や準備は休めない。行かなくても支障が無いものと、行かなければならないものとの差は「脳のスイッチ」の入り方も違っているのか、気持ちだけではなく身体も「違った反応」になる。
 かかりつけ医に「最低でも5,6千歩は歩きましょう・・・」と散歩をすすめるが、汗だくになる「散歩だけ」はつらい。所用で出掛けた際の帰宅への散歩はむしろ楽しい。特に「気の重い会議」などの帰りははればれとした気持ちになって、炎天下の中でも木陰に入ると「風」が心地よさをを感じる。

 足の筋力の衰えは早い。例え2日でも休めば筋力の衰えを感じ、気力も萎える。そして、散歩に出たくなくなる。この悪循環を「フレイル」と呼び、認知症へと転がる悪循環らしい。何らかの社会への関わり、前向きな姿勢、こだわらない気持ち、どれも筋力を鍛えないと何もできない。健康寿命維持は「筋力から」かな?(平均寿命が延びても健康寿命とのさが大きければ生きているだけ、と言うことになる)

 

佐は

 

ざるそばと言いながらも・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月12日(土)17時40分54秒
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   夏のざるそばは「ざるそば」と言いながらもざる(すだれ)は使わないのだから、何と呼べばよいのだろうか。最近は白釉のかかった白い皿・器が流行だが、色黒のそばには似合わないのではないかと思う。
 手打ち蕎麦屋の更科粉で打った梅おろしそばなどは「夏には」ぴったりで涼味満点・・・まさに夏のそばと言った感じになる。

 さほど自信のない更科粉は敬遠して、特選を打って「器」に工夫した。南国風で風情があるがどうだろう。沖縄の焼き物を使ってみた、そば猪口は九谷焼。食べ終えると、色づけした絵柄が現れる。
 

勇気のいるそば打ち・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月11日(金)08時47分32秒
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   昨日はSさんのそば打ち日、この時季のそば打ちは汗だくになることを思えばかなりの勇気がいる。近い桃山台からとは言え、「近くて遠い・・・」道のりではなかったかと思う。クーラーをつけるが「麺帯の乾き」を最小限に抑えるために「弱」してある。そして二人同時に打つのだから「熱気」もかなりのものになる。厳しいそば打ちだが、得られるものも大きい。打ち上がったものを「ざるそば」にして食べたが、やはり苦労した分、手前みそだがずいぶん美味に思えた。

そば粉(北海道上川町産)800g つなぎ(カメリア)200g 加水量440ccプラス10cc
 

人の寿命は100才まで・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月 9日(水)08時09分29秒
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   人の平均寿命がずいぶん伸びた。男性はおよそ81才、女性は87才になった。この先、医学・医療の進歩のお陰でさらに100才まで伸びるのでは?と言う人もいる。健康でいればこそ「価値ある人生」だが、介護されながらではかえって「つらい」かもしれない。
 介護保険利用者がまもなく500万人に達する。そのうちの73%は要支援1~要介護2の方々で、それを国は平成30年度に法改正して市町村事業へ移す予定である。多くの問題が指摘されているが、要は市町村の財政負担が増えることになる。

 わたしの住む地区も市の事業として早速その対策が始まった。先日、「敬老の集い」の会議で「グングンげんき体操教室の案内」のプリントが配られた。その説明に、「市民の皆様の健康増進と筋力アップのための体操教室(初年度無料)」の参加を呼びかけるものだった。今までも「高齢者のための体操教室」が開かれているが、参加者は限られている。またまたボランテイアの出番になるのだろうか・・・。


 
 

津軽のおみやげ・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月 7日(月)18時11分4秒
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   昨日、友人から津軽塗りの箸をもらった。8月1日からの「ねぷたまつり」に津軽まで行ってきたとのこと・・・。「よくまあ、混雑のなかを行ってきたね」と驚いた。旅館もホテルも通常の何倍もの宿泊代らしいが、ふつうならそれでもとても宿泊できないとか。春に「津軽」に行って「ねぷた展示館」で見たばかりだったので、話があった。

 お土産は津軽塗りの箸だった。箸の寸法は6寸、7寸、8寸。9寸が業界の標準とか、1寸は3cmだが、この業界は寸法より3cm短いのが業界の習わしらしい。もらった箸は20.5cmだったので8寸の箸のようだ。塗りはみごとで、先端にはツヤのない塗りが施され「料理をつまみやすいように」作ってあった。

 箸は使う目的に応じて、いろいろとあるらしいが、使い勝手の良さそうな「津軽塗り」の箸もみごとである。 塗りを重ねた箸は10年は使えるらしい。
 

魅力とは・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月 6日(日)07時50分43秒
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   人の魅力は「持ち物」だとという人もいる。つまり「多くの引き出しがある」ことらしい。高齢になっても「魅力」のある人はそれだけではない「確かな信念のようなものをもつ人」でもある。

 十数年前、ボランテイア活動を始めたとき、年齢は二つほど下だが地区社協の会長は「実に魅力的」な人に感じた。「立ち居振る舞いや地域活動への取り組み、筋の通った考え方」すべてが無償のボランテア活動ながらわたしのそれが目標になった。ところが、4年前ほど前に病気で引退された。その際に「社協の会長を引き受けてくれませんか・・・」と言われ「即座にお断りをした」。理由は「その器でないこと、地区ボランテイアとしてたかだか10年あまりしかかかわっていないこと」何よりも「人を惹きつける魅力を持ち合わせていないこと」を感じていたからだった。無償で汗を流す活動をするには、人を束ねる魅力がなければならないことが分かりかけていたからでもある。

 魅力は魔力とも思うが、魔性だとも思う。挙げれば「身についたもちものが多い」「ひとを惹きつける風貌をもっている」「経験豊富で説得力がある」「身を粉にして動く」「裏表がない」・・・・など切りがないが、それらは経験によって身についたものもあるが、天性のものありそれらは男女は問わずある。

 今は、体力の衰えもあるが活動の源泉になる「魅力」を感じる人もいない、共に「活動したい思い」が続くか自信がない。かのジョンドット著・渡部昇一訳の「自分を鍛える」の中にはいくつになっても「魅力的な人になれる」とあるが、さてどうなのか・・・・。

 
 

志は尊い・・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月 4日(金)08時26分33秒
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   八月はもっとも「ヒマ」な時期になる。それだけにそば打ちも自由にできる。もう毎日連続で打つ体力・気力はないが、朝の涼しい打ちに打てる楽しさは週1回~2回はある。
 そば打ちは手の動きだけのように見えるが、支える足の筋力も大きくかかわる。足腰の鍛えはおろそかにできないが、それだけに、そば打ち70才定年説(そんな説は無いが、勝手な思い込みではなく古物商から70才くらいになると「手打ち蕎麦屋」を廃業する人も多いと聞くと・・・)も的外れでもないと思う。

 剣道六段の友人は「こども相手ながら・・・」と週に三回、剣道を教えている。「志したもの生涯現役としたい」との気持ちとか、謙虚で柔和な人柄だが竹刀をもたせると別人になる。
 

ざるそばの値段・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月 3日(木)17時38分27秒
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   一昨日の火曜日は友人4人がやって来てくれるはずだったが、なかの一人が夏風邪を引いたようで「中止」になった。昼食はあれこれと思案をしたが、やはり「ソーメン」にすることにして、わが家ではぜいたくな「紫帯」を用意していた。お陰で家人と「おおひねもの」を食べることができた。茹でからして「違う」と感じるコシの良さがある。歯ごたえ、喉ごし・・・何によらず「美味しいものがあるものだ」と感心しきりの昼食を楽しんでる。

 ところで、外出して「昼食」にそばは、一人でならあっても、友人や知人逹とではめったに無い。理由は値段が高い割に「満足(満腹)感がない」からだと思う。老舗の「手打ちそば」だとその量の少なさは尋常ではない。添付のグラフは20年ほど前の「調査結果」を引用させてもらった、今だと2~3割は高いに違いない。 蕎麦屋は「国産蕎麦、自家製粉、手打ち、手のかかる返しや出汁造り・・・」等々に費用がかかるからとの言い分である。

 そばは食事の分類にならないのかも知れない。
 

無智亦無得以・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月 3日(木)07時48分23秒
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   先日、ボランテイア仲間が暑気払いと称して集まった際に、「ヒマを見つけて四国遍路に出掛けています」という女性がいた。「40才になったのを契機に、気の向いたときに一人で、あるような無いような目標に向かって、1泊2日の四国遍路も楽しいし、両親も元気なうちに・・・」は、滔々と語るでもなく・・・。皆が驚いた。普段はIT関連の仕事をされているらしい。
 4,50才前後のボランテイア仲間の会話は、地区の将来だとか、家庭のこととかに限定されるが、なかには「しっかり自身を見つめる時間」を作っている人もいることに驚く。

 頓挫している「四国遍路」のはなしになると、やや後ろめたい。忙しいなどとは言い訳に過ぎないと思いつつ。それにしても「困難とも思えることを平気でやってのける人」もいるものだと感心する。

 遍路で唱える般若心経の「無智亦無得以無所得故(むちやくむとくいむしょとっこ)」は「できないことをできるようにするのが練習です・・・と意訳されている。あらゆるものに通じる深遠な言葉に感じる。

 大きくなってきた「いも畑の柚子」
 

若い力に期待が・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 8月 2日(水)10時57分0秒
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   今年は先週末に毎年恒例の「盆踊り」が終わった。地区社協が主催していた頃は、会議を重ね、寄付を集め、やぐらを組み、ちょうちんのぶら下げ、テントを組み立て、本番を経て、翌日の片付けまですべてが「高齢者ばかりの作業」で、たいへんだった。

 10年ほど前、主催が地区小学校のPTA役員OB会に移り、ずいぶん楽になった。その上、地区内の府立高校生がボランテイアで音楽を、そしてゴミ拾い、テント組み立て撤収、など多くを担当してくれるようになった。「マンパワー不足」が反省会の毎回のテーマだったが、有り難いことに若い力の結集のお陰で解消してしまった。

 若い頃、毎年、盆踊りや地蔵盆の手伝いに「帰ってくるように・・・」と両親の住む故郷から呼び出しの電話がかかった遠い記憶がある。

 盆踊り前の高校生のブラスバンド演奏・・・総勢70人ほど。
 

淀どのはソーメン好き・・・・?

 投稿者:小島  投稿日:2017年 7月26日(水)09時24分46秒
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   「癇癪(かんしゃく)持ちの淀どのはいつも胃の府がよくないらしく、夏はあっさりとした冷えた麺を好んだ・・・・」と、書かれたものがあった。秀吉の存命中も死後も、豊臣家の政権の行くへは「こんとん」としていた時代だから、淀どのも神経の休まるときは無かったに違いない。食事ものどの通らないときは「ソーメン」が格好の癒やし系食べものになる。淀どのにも「御用達」の店舗があったかも知れない。何しろ関西近辺には伝統ある老舗の「ソーメンづくり」の店舗は多い。

 ざるそば派であっても日に一度は「ソーメン」を食べているが、市販のソーメンつゆにぴったりしたものに出会わない。クックパッドにはいくつもレシピが載っている。そのうち10ほど試したみた。かつを節が勝っても「純粋無味」に近いソーメンには合わないし、しょうゆ味になってもうまくない。未だ、これといったものが見つからない。

 そばつゆも、返しに「みりん・ワインビネガー・濃い口しょうゆ・甘露しょうゆ・氷蜜糖・塩」を使い、出汁には「利尻昆布・椎茸・かつを節(さば節・そうだ節」などを使う蕎麦屋もあるくらいだが、そうめんつゆ造りも「奥深いもの」だと思う。

 「ずるっとすする」冷たいそば、「つるりと流し込む」ソーメンは「淀どの」でなくても夏一番の清涼感のある食べものになる。そう言えば、先日やって来たPTA OBの若い方々も先週土曜日に、学校でそうめん流しをしたらしく、「100人近いこども達の大喜びの声が耳に残っています・・・」と言っていた。
 

仲間が増えて・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 7月25日(火)08時16分5秒
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   一昨日の日曜日、ボランテイア仲間(社協のいもほり委員会委員)8人が「そば打ち部屋」に来てくれた。皆さん、昭和40年前後生まれ、中には53年生まれの女性もいた。体格も大きく、食材やビール等は近くのスーパーで買ってきてくれたが、その量もはんぱじゃなく、テーブルにのるのかと思われた。

 かつての小学校PTA役員がそのまま役員OB会に入り、地域の子どもたちのための行事を主導している方ばかりである。食べる量も、飲む量も「われわれの会」の倍を越えるのでは?と思えた。地区は大正から昭和の初めの開発新興地で、伝統行事も無く「夏まつり」や「とんど焼き」なども今も「みようみまね」の手作りである。

 社協のいもほり委員会を担当して14年になるが、メンバーがもっとも少ないときは委員長の私と高齢の女性2人とで合わせて3人のときもあったが、今では私以外は若手ばかりの10人を越える。ここに来て、ようやく「後継」の方逹が見つかり、肩の荷が下りた。午後4時~10時過ぎまで、楽しい会になった。
 

気を吐く蕎麦屋・・・・

 投稿者:小島  投稿日:2017年 7月23日(日)07時34分5秒
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   そば粉は今でこそどこででも、どこのそば粉でも手に入るが、以前はそうでもなかった。そばは産地の蕎麦(品種)によって大きく味が変わる。

 徳島県の脇町にも蕎麦屋があり「出石皿そばの蕎麦屋」だった。元来、出石は蕎麦の産地ではなく信州の上田から「国替え」でやって来た殿様の奨励により独自のそば文化が「華開いた」と言われている。脇町の蕎麦屋(楽庵)も食べるスタイルが出石流らしい。

 ちなみに徳島は祖谷蕎麦が有名だが、祖谷地方で消費されるのが大半で出まわるほど多くはない。高速道板野のSAで、祖谷蕎麦を食べたがそば粉は祖谷産ではないと思われた。

 そば粉はインチキ商品(不正表示商品)に「要・用心」、と言う人もいる。根拠は国産蕎麦の生産量が消費量の2割程度で8割は輸入品になり、国内の生産量は天候に大きく左右されるかららしい。インチキの実態は「国産そば粉と偽って外国産のそば粉を混入させる手口」が多い。中国、米国、カナダ、オーストラリア、最近はウクライナ産も・・・外国産は国産の半値だから「味など分かるまい・・・」とインチキしたくなるのだろう。

 時間が無く食べられなかったが、楽庵は本格的な蕎麦屋の構えだった。(出石皿そば・追加皿一枚140円、5枚700円だった)

 
 

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