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漱石「こころ」あとがき 江藤淳

 投稿者:はるさめ  投稿日:2011年10月20日(木)11時50分35秒
返信・引用
  漱石文学の核に潜んでいるのは、おそらくこの寄席趣味に象徴されり江戸敵な感受性である、それは感性的なあらわれかたをすれば長唄に「恍惚(うっとり)」するような感覚になるが、倫理的に表現されれば儒教的な正邪曲直の観念となる。そしてこの美意識と倫理観は、実はわかちがたくまざりあっていて、彼の文学を特徴づけているのである。
このことに関連して、私は漱石の生家と養家がいずれも名主の家柄だったという事実を見過ごすことができない。

漱石はこのようにして、いわば江戸の武家文化と町人文化との接点を形成する階層に生まれ育ち、その感受性と倫理観を血肉の中に継承していた。
 
 

松岡正剛 千夜千冊「魯迅」

 投稿者:春醒  投稿日:2011年10月19日(水)13時06分14秒
返信・引用 編集済
  魯迅を読むということは、われわれの内なるモダンを問うことである。この内なるモダンは、魯迅においては中国近代の裏面と日本近代の表面という二つの文様を組み合わせて刻印されている。中国と日本は一枚の紙の表裏で、その文様によってつながっていた。

魯迅は愚民としての民衆を徹底して批判し、そのうえでそれを救おうとする。目覚めさせようとする。阿Qのような民衆を叩き壊し、「雄叫びをあげて一国の民を新たにすること」を目指した。

阿Q正伝は、辛亥革命の痛烈な批判から生まれたものであった。

37歳の魯迅が「狂人日記」でデビューする。それは思想行動というよりも、口語表現そのものであり、文学革命の最初の刻印だった。物語による教育だった。
 

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